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【続けられる日記の書き方】できごとだけ日記」のすすめ

おひとり様の雑記
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こんにちは、mumuです。

私は現在29歳ですが、6年前から日記をつけています。

 

日記といっても、

A5のマンスリータイプの手帳に「その日にしたことや出来事だけ」を書く、

いわば「できごとだけ日記」です。

 

マンスリー手帳の一マスに書くので、

普通のノートに書いたら一日1行か2行くらいの量。

 

日記と呼べないという人もいるかもしれませんね。

 

でも私にはこのスタイルが合っているので長年続いているかんじです。

 

日記が続かない人も

この「できごとだけ日記」はとても手軽に始められるのでおすすめです。

 

「できごとだけ日記」の書き方と効果

 

その日の「できごと」を書けばいいだけ

書き方は非常にシンプルです。

その日あったこと、やったことだけを書けばいいのです。

 

その時どう思ったかといった感情は無理には書きません。

 

例えばこんな感じです。

 

【ふつうの日記】

仕事で入力ミスをして怒られてしまった。本当に情けない。先輩にも迷惑をかけてしまった。次からはそんなことがないように気を付けたいと思う。帰りに本屋さんによって「○○」という教本を買った。これで毎朝勉強がんばろう。

 

【できごとだけ日記】

仕事で入力ミスをして先輩にも迷惑かける。帰りに○○の教本購入。頑張ろう。

 

のめり込みすぎないから続けられる

日記というと、その日の出来事と感情がセットで書かれることが一般的です。

それって一日を日記でもう一回体験し直すことと同義です。

 

詳しく思い出しながら文字に書き起こす作業なので、

楽しいことがあった日はいいのですが、

辛いことがあった日は思っている以上に心理的に負担が大きくなります。

 

それでは疲れるし、日記をなかなか続けにくいのではないかと思います。

 

いっぽう、「できごとだけ日記」の場合、

感情を無理に書かないので、

気負うことなく、たんたんと書けるところが良いところです。

 

一歩引いた立ち位置から心の整理ができる

のめり込みすぎず、たんたんと書けるということは、

自分の一日を一歩引いた立ち位置から見直せるということでもあります。

 

辛いことが起こった日でも、

出来事だけにフューチャーして考えられるので、

自分の考えがまとまりやすく、感情を書かないい日記なのに、その日の心の整理ができる気がしています。

 

感情を書かなくて思い出は残せるのか

日記を書く目的の一つに、

思い出を忘れないようにしたいというのがあります。

 

ではこの感情を無理に書かない日記で思い出は残せるのでしょうか。

 

6年続けてきた体感になりますが、それは可能だと思います。

 

できごとさえ記録しておけば、感情部分はそれをもとに思い出しやすいものです。

昔の写真をみて、当時を思い出せるのと同じです。

 

ですから、感情を書かずとも、

思い出を記録するという役割は十分果たせるのではないかと思っています。

 

 

▼おすすめの日記帳を貼っておきますね

短い日記から始めたい人はこちらのマンスリー手帳がおすすめです。

紙の厚みが適度で裏写りが少なく、枠線や罫線の太さもちょどいいです。もう4年使っています。

フリーページもあるので、旅先の観光地の半券などをスクラップしたりもしています。

 

もう少し長めの日記を書きたい方にはこちらのデイリー手帳もおすすめです。
余白が多く自由度が高いです。「ほぼ日」より紙に厚みがあるので、絵を描く方にもいいですよ。

 

最後に、日記は自由なものである

いろいろ書きましたが、

日記とは本来自由なものであり、自分が自分のために書くものです。

 

感情が高ぶった日は、思いっきり愚痴でも泣き言でもなんでも書けばいいのだと思います。

 

きっと自分に合った自分の日記のスタイルがあると思います。

それは続けていけば自然とわかるものです。

 

まずは続けていくことが大事。

この記事がそのきっかけになればうれしいです。

 

▼あわせて読みたい

【続けられる日記の書き方】日記の書き方と続けるコツ ~6年続けて気づいたこと
6年くらい前から日記をつけています。私なりに何故続けてこられたのか、日記との向き合い方や続けるためのコツをまとめました。書き続けていけば自分流の日記スタイルが確立されるはず。まずは始めてみる、続けてみる、が大切です。

 

 

余談:「できごとだけ日記」とわたし

家族の看病をきっかけに始めた日記

私が日記を書き始めたのは祖母の看病がきっかけです。

 

23の時に一緒に住んでいた祖母が病気になって、仕事を辞めて半年くらいずっと家で看病していた時期がありました。

 

その時に、熱は何度だとか、食事はどのくらい食べたとか、様子はどんなだったとか、記録しておきたいと思って書き始めました。

 

長文を書いたり、感情的なことを書くのが精神的にきつかったので、事実だけを、マンスリー手帳に記録していました。

 

「些細な日常」を残したい

看病生活が終わった私は、日常って本当に尊いなと思うようになりました。

 

スケジュールや日記って、「日頃とは違う出来事が起こるから書く」ということが多いですよね。

 

彼氏とデートをするからスケジュール帳に予定を書いたり、旅行に行ったから思い出を日記に書いたり。

 

いっぽうで、毎日あたり前に起こることって、気を抜くとすぐに忘れてしまう。

 

今日誰と何を食べたとか、どんな話をしただとか。

些細な会話の中で起こった笑いとか。

 

さらに、社会人になり仕事中心の生活をおくるようになって、1週間前に何をしていたのかすら思い出せなくなっていることに気が付きました。

 

毎日家族と何かしら会話をしているし、会話の中でふふっと笑ったりしたのかもしれないけど思い出せません。

 

それってすごく寂しいことだなあと。

 

家族の病気をきっかけに、大切な人との何気ない日常を忘れたくなくて、看病日記から日常日記へとスライドして、いまも自分流に日記を続けていっている。

 

そんなかんじです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

ではまた。

 

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