国立西洋美術館の企画展
「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」に行ってきました。
また、同じチケットで「常設展」と
常設展内の小企画展「西洋版画を視る — リトグラフ:石版からひろがるイメージ」も一緒に観てきました。
それぞれの感想などをまとめて残しておきます。
「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」 感想
「内藤コレクション」の「写本」
《詩編集零葉》フランス北部、パリあるいはアミアン司教区 1250 -60年 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
★内藤氏がパリで出会って最初に購入した写本のひとつ
活版印刷が発明される前のヨーロッパ中世のキリスト教世界では、修道院を中心に制作された「写本」が民衆の信仰と知を担う特権的なメディアでした。
- カリグラフィー
- 赤・青・金色の繊細な装飾文字
- 周囲を彩る豪華な模様や挿絵
いまでは想像もつかないような莫大な時間と労力が注がれたもはや"美術品"です。
そんな「写本」に魅了された 筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏が蒐集したコレクションが「内藤コレクション」になります。
《聖務日課書由来ビフォリウム》フランス北部、おそらくノルマンディー地方 13世紀後半 彩色/インク/獣皮紙 内藤コレクション
★鉛筆とサイズ比較/こんなに細かな装飾も
「内藤コレクション」は2015年度に国立西洋美術館に寄贈され、過去3回わたって小企画展として展示されました(※)
本展は「内藤コレクション」が一挙に集められたコレクションの総まとめともいえる展覧会になると思います。
展示風景
過去3回の小企画展をずっと追ってきた私は、「写本」の展示がこのような大規模展に発展したことに対して勝手に感慨深い気持ちになっています。
一人の大学教授が"沼"にはまってしまった「写本」のほぼすべてが観られるとあって、ずっと楽しみにしていた展覧会です。
※ 過去3回の内藤コレクション展はこちら
緻密な装飾
本展に展示されている「写本」は、聖書、詩編、聖務のスケジュールを示したものなど 教会関連の写本がメインです。
15世紀に印刷技術が発明される前のヨーロッパの書物は、人の手で膨大な時間をかけて書き写される「写本」が中心でした。
何よりも写本は 民の信仰 を支え、伝達していくための大切な媒体だったそうです。
【部分】ボーフォール・グループ周辺 聖務日課聖歌集零葉 1400-15年頃 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション(長沼基金)
「写本」は分業して制作されるのが一般的でした。
- 羊や子牛の皮を加工した紙に、伝統的な書体を用いてテキストを描く
- 重要な冒頭には装飾・彩色したイニシャルを描く
- 周囲に植物などをモチーフにした装飾を描く
最初は修道士や修道女たちによって製作されてきましたが、次第に職人たちも参入するようになりました。
画家が関与することも珍しくなかったと言います。
【部分】 聖務日課聖歌集(?)零葉 カスティーリャ王国、エストレマドゥーラ地方 1450-75年 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
正直なところ、教会の通例についてはよくわからないし、描かれている絵がキリスト教においてどのような意味かなんて全くピンときませんでした。
しかし、その代わりに装飾の美しさだけにフォーカスして鑑賞できました。
- 赤や青を中心にした色彩
- ライトに反射してキラキラ光る金色
- ゴシックな書体
- 飾り文字やイラストの繊細さ
とにかくその装飾の可憐さ、緻密さ、色遣いの美しさを感じられるだけで楽しかった!
【部分】ワデスドンの画家 時祷書零葉 フランス、アミアン 1435-40年頃 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
羊皮紙にインクで描かれた大昔の書物がこんなに綺麗に残っていることにも感動します。
「ずっと昔に生きた人が大切にしてきた書物が長い長い時間を経て現代まで生き残ってくれた尊さ」みたいなものもまた、内藤氏が魅入られてしまった理由の一つなのかもしれないなと思いました。
可愛いらしいイラスト
【部分】時祷書零葉 フランス、ブールジュまたはパリ(?)1500-10年頃 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
あと楽しかったのが、意外にも可愛いイラストが多いということです。
教会らしい絵ももちろん素晴らしいですが、動物とか植物がメインの写本もまた違った雰囲気があり私はむしろ動植物メインの方が好きでした。
時祷書零葉 南ネーデルラント、おそらくブリュッヘ 15世紀末 彩色/インク/獣皮紙 内藤コレクション
例えばこの時祷書零葉(↑)に描かれた花々は当時の「だまし絵」。
あたかも本物の植物が置かれて見えるよう描かれたのだそうです。
マッテオ・ディ・セルカンビオの追随者にかつて帰属 ミサ聖歌集零葉 イタリア、ウンブリア地方またはアブルッツォ地方ないしマルケ地方 1400 -25年頃(?)彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
また、このミサ聖歌集零葉(↑)の楽譜付き写本。
一見すると教会らしさ満点の装飾ですが画面下部をご覧ください。
餌をついばむ雌鶏とひよこが描かれているんです。
遊び心がありますよね、すごく可愛いです。
このように「写本」の中には手書きならではの素朴で親しみのある動物がときどき登場します。
見つけると嬉しくなってしまって、ついつい積極的に可愛い動物ばかり探してしまいました。
隠れミッキーみたいな楽しみ方ですね。
内藤氏が最後まで手元に残した「写本」
『ギステルの時祷書』零葉 南ネーデルラント、ブリュッヘ(?)1300年頃 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤裕史氏蔵
内藤氏は自らが蒐集した写本コレクションを国立西洋美術館に寄贈してくれました。
内藤氏のおかげでこれだけの素晴らしい美術品たちが観られたことに感謝ですね。
本当にありがとうございますという気持ちです。
そんな内藤氏が自分のために購入した、内藤氏の手元に残った最後の紙葉がこの『ギステルの時祷書』零葉です。
普段は仕事机のわきに置かれているそうです。
内藤コレクションの始まりの写本を連想させるような、とても小さな可愛らしい作品でした。
お気に入りの1枚
《詩編集零葉》イングランド 1380-90年 彩色/インク・金/獣皮紙 内藤コレクション
本展でのお気に入りはこちらです。
青を中心にした彩色と雪の華のような尖った植物の装飾がファンタジーな物語の1ページを見るようで、とても好きになりました。
常設展・小企画展 感想
小企画展
「西洋版画を視る ―リトグラフ:石版からひろがるイメージ」
国立西洋美術館では
企画展である「内藤コレクション 写本」の開催期間中、「常設展」のなかの小企画で「西洋版画を視る ―リトグラフ:石版からひろがるイメージ」という展示が行われています。
写本のチケットがあれば観覧当日に限り常設展にも入ることができるので、一緒に覗いてきました。
リトグラフの制作方法がよくわかる
リトグラフ制作の流れ 展示風景
1798年のミュンヘンで誕生した「リトグラフ」という技法は、はじめは楽譜や文字といった実用的な印刷に用いられていました。
その後技術が発展し、美術作品の制作にも使われるようになりました。
リトグラフは版画の一種で、石板石にクレヨンなど油性のもので絵を描き、インクを使って刷られます。
日本の木版画とは違い、油性・親油性などの化学反応によって絵が転写される仕組みです。
知識として知ってはいても、こうして具体的に示してくれるのは大変分かりやすかったです。
オディロン・ルドンの「黒」
オディロン・ルドン作品の展示風景
リトグラフと言えば、私は オディロン・ルドンが真っ先に思い浮かびます。
最推しの画家なので・・・!
展示はないですが、ボードレールの『惡の華』の挿絵が有名な画家です。
夢の中にいるようなすこし恐ろしい世界観がたまらんのです。
お気に入りの1枚
ロドルフ・ブレダン《善きサマリア人》1867年 リトグラフ/チャイナ紙 国立西洋美術館蔵
リトグラフ展でのお気に入りは、ロドルフ・ブレダン《善きサマリア人》です。
はい、そうです。
ロドルフ・ブレダンはルドンの先生!
ルドンの描く神秘的で人間の内面を現したような世界観は、この人から導かれのかもしれません。
ブレダンの白と黒の画面は常軌を逸した緻密さでした。
手で直接描いてもここまで描ける人はそういないと思います。
かもし出す雰囲気も好きな感じです。
この作品はかなりの反響を呼んだそうす。
うんうん、納得でしかありません。
このほかにもロートレックや、ナビ派の画家ピエール・ボナールなどのカラフルな作品の展示もあります。
小規模ながら大変楽しい内容でした。
常設展
興味の変化を楽しむ常設展
国立西洋美術館の常設展に行くのは久しぶりでした。
改装工事後としては初めて行きましたが、おなじみの作品も初めまして(?)の作品もいろいろ。
自分のその時の気持ち次第で気になる作品も変わってくるので、何度も通って興味の変化を楽しむのもまた常設展のおもしろいところです。
ウジェーヌ・ブーダン《トルーヴィルの浜》1867年 油彩/カンヴァス 国立西洋美術館蔵
今回は夏らしい作品、ブーダンの《トルーヴィルの浜》が良かったです。
昔の夏のバカンスってこんな感じだったのですね。
トルーヴィルは当時、パリの人々の避暑地として最先端の流行の場所だったそうです。
ジョン・エヴァレット・ミレイ《狼の巣穴》1863年 油彩/カンヴァス 国立西洋美術館蔵
あと目が離せなかったのがこちら。
ジョン・エヴァレット・ミレイ《狼の巣穴》です。
自らの子どもたちが暖炉を"狼の巣穴"にみたてて遊ぶ様子を描いたもので、映画のワンシーンのようなドラマチックな演出が施されているように思える作品です。
愛らしい子どもを物語の要素を取り入れて描くミレイの画風は「ファンシー・ピクシー」と呼ばれ、18世紀のイギリスで大人気だったとのことです。
お気に入りの1枚
アウグスト・ストリンドベリ《インフェルノ(地獄)》 1901年 油彩/カンヴァス 国立西洋美術館蔵
常設展でのお気に入りは アウグスト・ストリンドベリの《インフェルノ(地獄)》です。
見つけたときすっごく嬉しかったんですよ。
ついこの前、SOMPO美術館でやっていた「北欧の神秘展」でお気に入りに挙げたのが、このアウグスト・ストリンドべリの《街》という作品でした。
あの時の出会いがなかったら、常設展でももしかしたら見落としていたかもしれない。
認知したからこそ見た瞬間に「これはっ!!!」と気が付くことができました。
鑑賞経験の積み重ねが実ったようでとてもとても嬉しかったです。
で、やっぱり好きですこの人の作品。
●
●
●
「内藤コレクション 写本 ーいとも優雅なる中世の小宇宙」の情報
グッズ
国立西洋美術館のグッズ売り場は 展示会場の外にありチケットがない方でも利用できます。
3つの展覧会
- 企画展「内藤コレクション 写本」
- 常設展
- 常設展内の小企画展「西洋版画を視る」
のグッズが 同じ売り場に少しずつ展開されている形式で、種類はそこまで多くありませんでした。
私は写本のグッズを中心にいくつか買ってきました。
なお、写本のグッズは企画展に関わりなく国立西洋美術館で常時売っているものがあって今回の企画展専用のものかどうかの区別ができませんでした。
記憶を頼りにこれまで買ったことがないものを選んできたつもりです。
ポストカード
ポストカードをいくつか買いました。
写本のポストカードはかなりしっかりした厚紙です。
ポストカードの値段は種類によって異なります。
写本 132円/常設展 100円 /版画 110円 (各税込) でした。
ブックカバー
紙製の素敵なブックカバーも買いました。
花のイラストの写本がとても可愛いです。
文庫本サイズで、500ページ超えの小説でも大丈夫でした。
使うのがもったいないので、しばらくは保存しておくつもりです。
ブックカバーは 385円(税込) です。
マスキングテープ
写本のマスキングテープも買いました。
ブックカバーとお揃いです。
絵柄は画像のような感じで、花や鳥が描かれています。
マスキングテープは 500円(税込) です。
混雑状況・所要時間
平日昼に行きました。
▼企画展「内藤コレクション 写本」 かなりゆったり鑑賞できました。 |
▼常設展 結構にぎわっていました。 |
▼ 常設展内の小企画展「「西洋版画を視る」 小企画展エリアに限って言えば、人も少なめで落ち着いた雰囲気でした。 |
チケット
企画展「内藤コレクション 写本」のチケットは当日券とネットの事前購入券の2種類です。
- 当 日 券:一般 1,700円(税込)
- 事前購入券:一般 1,700円(税込)※日時指定なし
私は当日券を窓口で購入しました。
待ち時間は5分ほどで、絵柄チケットが貰えました。
企画展「内藤コレクション 写本」のチケットで、観覧当日に限り常設展にも入場できます。
音声ガイド
企画展「内藤コレクション 写本」には音声ガイドはありません。
ロッカー
国立西洋美術館ではロッカーを利用できます。
ロッカーの使用は無料ですが、100円玉が必要です。
撮影スポット
企画展「内藤コレクション 写本」は展示作品のほとんどが撮影可能。
また、展示会場入り口のガラス窓も撮影スポットです。
常設展・小企画展も撮影OKなので、
あとから見返したらこの日だけでたくさんの写真を撮っていました。
巡回
企画展「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」は 東京 → 北海道 と巡回します。
詳しくは次の開催概要まとめをご覧ください。
開催概要まとめ
展覧会名 | 内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙 |
● 東京 | 2024年6月11日(火)〜8月25日(日) ※展示替えあり ▶ 国立西洋美術館 ▶ 美術館公式X:@NMWATokyo |
● 北海道 | 2024年9月7日(土)~ 9月29日(日) ▶ 札幌芸術の森美術館 ▶ 美術館ショップ公式X:@mshop_managers |
開室時間 | 9:30~17:30(金・土曜日は9:30~20:00) ※入館は閉館の30分前まで |
休室日 | 月曜日 (ただし、8月12日(月・休)、8月13日(火) は開館) |
混雑状況 | 平日昼・混雑なし |
所要時間 | 1時間半程度 |
チケット | 1,700円(当日券/事前購入券 ) |
ロッカー | あり(無料/100円玉必要) |
音声ガイド | なし |
撮影 | ほぼすべての作品が撮影可 展覧会場入り口付近のガラス窓 |
グッズ | 展示会場外にあり/小規模 |
展覧会名 | 西洋版画を視る ―リトグラフ:石版からひろがるイメージ |
● 東京 | 2024年6月11日(火)〜9月1日(日) ▶ 国立西洋美術館 (常設展内の小企画展) ▶美術館公式X:@NMWATokyo |
混雑状況 | 平日昼・混雑なし 常設展全体としては賑わっている |
所要時間 | 30分程度 常設展全体としてはすべてみるなら~3時間程度 |
チケット | 常設展チケット 一般500円(税込) 企画展チケットで、観覧当日に限り入場可 |
音声ガイド | なし |
撮影 | 撮影可 |
グッズ | 展示会場外にあり/小規模 |
※お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
●
●
●
関連情報
● 「TORIO展」
2024年12月8日(日)まで 東京 → 大阪 と巡回中。
パリ・東京・大阪の3つの美術館からテーマを決めて作品を3つトリオで展示しています。
自由な解釈で3つを見比べて楽しむ新しい展示構成がとてもおもしろく、知的好奇心が刺激される展覧会でした。
● 「デ・キリコ展」
2024年12月8日(日)まで 東京 → 大阪 と巡回します。
デ・キリコの全体像が分かる展覧会なうえ、独特・奇妙とおもしろい作風で飽きがこないので初見にも優しい展覧会です。
TRIO展にも1点、デ・キリコの作品が展示されているので、気に入ったらぜひこの大回顧展も。
● 「印象派 モネからアメリカへ」
2025年1月5日(日)まで、東京(上野) → 福岡 → 東京(八王子) → 大阪と巡回中。
印象派の波はヨーロッパだけでなく、海を越えたアメリカにも影響を与えていました。
アメリカらしい特徴を描いたアメリカ的な印象派作品にたくさん出会えます。
●「北欧の神秘」
2025年3月26日(水)まで「東京 → 長野 → 滋賀 → 静岡」 と1年をかけて全国を巡回中。
すーっごい素敵な展覧会でした。
北欧の風景というだけでもキラキラして聞こえるのに、絵画表現がとてもドラマチックだったりファンタジーだったりで観ているだけで楽しかったです。
●「ロートレック展 時をつかむ線」
2025年4月6日(日)まで「東京 → 北海道 → 長野」と全国を巡回中。
素描が多めですが有名なカラー作品の展示ももちろんあります。
滑らかでするっと伸びる線一本一本がセンス抜群な感じ…!
100年以上前の作品なのに古さを感じさせないのがロートレックの魅力だなと改めて感じられた展覧会で、とても楽しかったです。
●「エドワード・ゴーリーを巡る旅」
2023年に渋谷区立松濤美術館で開催したエドワード・ゴーリー展。
2024年9月1日(日)まで 千葉→神奈川 と巡回します。
絵本のなかの不思議でちょっと怖い世界感をモノクロの細かな線画で表現したイラストは見ごたえありです。
● 過去3回の「内藤コレクション展」(小企画展)はこちら
これまでの美術展の感想はこちらにまとまっています。
●
●
●
最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録の X もやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
*本記事の感想は会場内解説を参考にさせていただきました
コメント