東京都美術館の『デ・キリコ展』 に行ってきました。
私はたぶんデ・キリコの作品を見るのは初めてじゃないかと思うんですが、非常におもしろかったです。
作品の雰囲気からダリとかマグリットを思わせるシュルレアリスムの画家かと思えば、そう単純な位置づけにはできないようで…。
ジョルジョ・デ・キリコという画家の全体像がわかる初見にも優しい展覧会だったので、デ・キリコに詳しくなくても楽しめて、とても有意義な時間になりました。
『デ・キリコ展』 感想
ジョルジョ・デ・キリコの自画像
ジョルジョ・デ・キリコ《17世紀の衣装をまとった公園での自画像》1959 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico / 1888-1978)は
ピカソやマグリットと同年代で、20世紀初頭から主にパリとイタリアで活躍したイタリア人画家です。
絵画だけでなく、彫刻、挿絵、舞台美術など幅広く数多くの作品を残しています。
▼ デ・キリコってどんな人?
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世間から非難されたり、周りと衝突した部分もあったようです。
しかし、デ・キリコは90歳で亡くなる直前までアトリエで制作をつづけ、自分の才能を信じて歩みを止めることはありませんでした。
形而上絵画 ― 現実と非現実
ジョルジョ・デ・キリコ《不安を与えるミューズたち》1950頃 油彩/カンヴァス マチェラータ県銀行財団 パラッツォ・リッチ美術館蔵
ジョルジョ・デキリコが1910年頃から描き始めた「形而上絵画」は、ダリやピカソ、マグリットなど数多くの芸術家たちに大きな影響を与えました。
▼ 形而上絵画の主な特徴
- 不自然な遠近表現
- 非現実的な景色
- 幻想的な光と影のコントラスト
- 脈絡のないモチーフの配置
形而上絵画誕生のきっかけとなったのは、フィレンツェ・イタリア広場での体験でした。
あらゆるものが無意味に思えると同時に開放的な気持ちになったのだといいます。
あらゆるものを初めて見ているかのような
不思議な感覚に陥った私の脳裏に
絵画の構図が浮かび上がってきた―
デ・キリコの形而上絵画には室内画バージョンもあります。
ジョルジョ・デ・キリコ《球体とビスケットのある形而上的室内》1971 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団館蔵
《球体とビスケットのある形而上的室内》は、デ・キリコが第一次世界大戦中に配属されたイタリア・フェラーラの街からインスピレーションを受けたモチーフが並べられた作品です。
一番目立つのはビスケット。
デ・キリコが"この上なく形而上的で並外れた形"だと称したモチーフです。
壁の向こうにはイタリア広場にも出てきた空のグラデーション、三角定規、額縁などが不規則に置かれています。
見ればみるほど意味がよくわからない。
不思議で面白いなと思います。
マヌカン ― 人間と非人間
ジョルジョ・デ・キリコ《神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)1926 油彩/カンヴァス カルロ・ビロッティ美術館蔵
あらゆるものを人間でさえもモノとして捉えること
これがニーチェの方法なのだ ―
デ・キリコを代表するモチーフが"マヌカン(マネキン)"です。
人間をマヌカンに変換して無個性・匿名な存在にしてしまうことで、あらゆる役割を与えやすくなります。
デ・キリコはこのマヌカンを用いて 占い師・考古学者・預言者・神話の登場人物・自画像などを描きました。
ジョルジョ・デ・キリコ《ダンサー》1971 鉛筆/水彩/厚紙 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
興味深かったのが、だんだんとマヌカンの体が変容していくことでした。
初期には"モノ"としての側面が強かったマヌカンが、だんだんと本当の人間と同じような柔らかさのある体になっていきます。
デ・キリコ自身の心境や興味の変化の影響なのかもしれません。
デ・キリコ展ではマヌカンの彫刻作品も見ることができます。
個人的に彫刻は絵画ほど興味がわかない分野ではあるのですが、デ・キリコの彫刻はつるつる・キラキラとしていてフィギュアに近い感じがあってふつうの彫刻よりも好きでした。
グッズになっていてほしかったなー。
形而上絵画を離れ、古典回帰
ジョルジョ・デ・キリコ《岩場の風景の中の静物》1942 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
1920年頃から、デ・キリコは ルネサンスの巨匠やルーベンスなどバロック期の巨匠に傾倒し、伝統的な古典絵画へと回帰していきました。
この《岩場の風景の中の静物》はギュスターヴ・クールベから影響を受けた作品です。
ほかにも、マヌカンをルノワール風に描いた作品などがありました。
美術界に大きな影響を与えた形而上絵画を離れて古典絵画に移行したことで、当時のシュルレアリストたちと険悪な関係になってしまった部分もあったようです。
しかしながら、デ・キリコは画材を自作するほど研究熱心な人だったということなので、自分の作風と過去の技法との化学反応的なものを探求していたのかもしれません。
新形而上絵画 ― 変でおもしろい
ジョルジョ・デ・キリコ《オデュッセウスの帰還》1968 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
《オデュッセウスの帰還》はギリシャ神話に登場する英雄オデュッセウスを描いています。
英雄をこんな風に描いた人なんてこれまでにいるんでしょうか。
デ・キリコは晩年になって、過去に自分が描いた形而上絵画のモチーフを組み合わせて再解釈することで「新形而上絵画」と呼ばれる作品群を生み出します。
当時は、そんな自己模倣は「贋作」だとして批判を受けていました。
しかし、のちにアメリカのポップアートの巨匠アンディ・ウォーホル は「複製や反復という概念を創作に取り入れたポップアートの先駆け」として賞賛しています。
ジョルジョ・デ・キリコ《神秘的な水浴》1965頃 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
それにしても、この「新形而上絵画」は"変"さが際立っています。
《神秘的な水浴》だってすごく変。
ギザギザしているのは水を表現しているのですが、なんで地面と同じような色にしたのか。
なぜスーツを着た男の隣で水浴するのか。
ジョルジョ・デ・キリコ《瞑想する人》1971 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
《瞑想する人》もどこかのトレーディングカードになっていそう。
キャラ立ちしています。
なんだかもうよくわからないんですけど、おもしろい。
思わずくすっと笑ってしまうようなモチーフがたくさんあって、飽きがこない作品たちでした。
お気に入りの2作品
ジョルジョ・デ・キリコ《山上への行列》1910 油彩/カンヴァス ブレシア市立美術館蔵
《山上への行列》はデ・キリコが形而上絵画を描きはじめるちょうど過渡期の作品だそうです。
絵本の一場面にありそうな、現実と非現実の狭間のような世界観が良かったです。
これはデ・キリコ展のはじめの方に展示されていた作品です。
展覧会が終わった後に改めて観ると、亡くなる間際まで自分の絵を上へ上へと高め続けていたデ・キリコと重なる部分がある気がして印象に残りました。
ジョルジョ・デ・キリコ《放蕩息子》1973 油彩/カンヴァス ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団蔵
《放蕩息子》は新形而上絵画のひとつです。
おもしろすぎると思って選びました。
なんでしょうねこれ、『ギャクマンガ日和』とかに出てきてもおかしくない立ち姿。
「放蕩」という言葉自体は「酒色にふけって品行がおさまらないこと」という意味です。
左の男のひと絶対に酔ってますよね…楽しすぎる。
まあたぶんこの絵の「放蕩息子」は新約聖書にでてくる「放蕩息子」のことなんだろうとは思うんですけど、美術館でこんなおもしろおかしい絵画が見られるなんて。
『デ・キリコ展』―、
綺麗、美しいとは全然違った魅力がある展覧会で、異色な感じがとても楽しかったです。
行ってよかった!
*感想は音声ガイド・HP・会場解説を参考にしています
*作品画像は筆者が購入したポストカードを撮影しました
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『 デ・キリコ展』の情報
グッズ
デ・キリコ展のグッズは意外と小規模で種類も多くはなかったです。
しかし、ポストカード、文具、Tシャツ、ミニチュアカンヴァスなど定番品はそろっていました。
イタリア生まれのデ・キリコに関連したイタリアのお菓子など、食べ物系が充実していたように思います。
グッズ売り場は展示会場の中にありますので、鑑賞時にお財布を持ってお入りください。
なお、ヒグチユウコさんコラボグッズ(缶バッジ3種)が大人気のようです。
私が行ったときには売り切れていたので、お目当ての方は公式SNS確認必須です。
ポストカード
ポストカードはたくさん種類がありました。
印刷もきれいだし、紙自体も厚手でしっかりしていてよかったです。
ポストカードは 1枚 165円(税込)でした。
ビニールポーチ
日常使いできそうなビニールポーチも買ってみました。
ポストカードが1枚入っていて、カード違いで3種類くらいありました。
内側もたくさん入れるところがあり、旅行とかにも便利そう。
ビニールポーチは 1,600円(税込) でした
三角定規キーリング
デ・キリコの絵にたびたび登場する三角定規です。
おもしろいなと思って買ってみました。
私が選んだのは《形而上的なミューズたち》に登場する赤い三角定規。
ほかにも3種類くらいあったと思います。
キーリングは 1,600円(税込) でした。
混雑状況・所要時間
平日のお昼に行ったからか、あまり混んでいませんでした。
音声ガイドの対象作品には人が溜まっていることが多いはずなんですがそれもほとんどなく、終始かなりスペースに余裕をもって居心地よく鑑賞することができました。
所要時間は 1時間半程度です。
チケット
チケットは「通常」や「平日限定500円クーポン付き」などいろいろな種類があります。
私はオンラインで平日限定の前売り券を買いました。
オンラインでも入場時に紙の絵柄チケットがもらえました。
このサービスはいつもとっても嬉しい。
チケットは種類により異なりますが、通常 一般料金 2,200円(税込) です。
音声ガイド
デ・キリコ展の音声ガイドは、俳優のムロツヨシさんが担当です。
デ・キリコの不思議で奇妙な雰囲気にぴったりでした。
会場レンタル版とアプリ版があり、私はアプリ版を購入しました。
会場レンタル版は 650円(税込)。
アプリ番は 700円(税込)で、12月15日まで繰り返し聴くことができます。
ロッカー
東京都美術館ではロッカーを利用できます。
ロッカーの使用は無料ですが、100円玉が必要です。
撮影スポット
デ・キリコ展の撮影スポットは会場内が2か所、会場外の大看板も合わせると4か所です。
作品の撮影はできません。
デ・キリコ展記念号外(朝日新聞)
朝日新聞のデ・キリコ展記念号外も発行されています。
展覧会会場内のグッズ売り場の出口前にありました。
巡回
『デ・キリコ展』は東京のあと、神戸へ巡回します。
詳しくは次の開催概要まとめをご覧ください。
開催概要まとめ
展覧会名 | デ・キリコ展 |
● 東京展 |
2024年4月27日[土]~8月29日[木] |
● 兵庫展 |
2024年9月14日[土]~12月8日[日] |
休室日 |
月曜日、7月9日[火]~16日[火] |
開室時間 | 9:30~17:30 金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで) |
混雑状況 | 平日13時くらい・混雑なし |
所要時間 | 1時間半程度 |
チケット | 一般 2,200円・いろいろな種類あり |
ロッカー | あり(無料・100円玉必要) |
音声ガイド | あり |
撮影 | 会場内フォトスポットあり |
グッズ | 展示会場内にあり |
※お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
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関連情報
●「写本 ーいとも優雅なる中世の小宇宙」
2024年9月29日(日)まで 東京→北海道 と巡回します。
国立西洋美術館の小企画展で過去3回にわたって展示された中世の可憐な内藤コレクションの「写本」。
本展はその集大成ともいえる展示です。
● 『印象派 モネからアメリカへ』
2025年1月5日(日)まで、東京→福岡→東京→大阪と巡回中。
印象派の波はヨーロッパだけでなく、海を越えたアメリカにも影響を与えていました。
アメリカらしい特徴を描いたアメリカ的な印象派作品にたくさん出会えます。
●『北欧の神秘』
2025年3月26日(水)まで「東京 → 長野 → 滋賀 → 静岡」 と1年をかけて全国を巡回中。
すーっごい素敵な展覧会でした。
北欧の風景というだけでもキラキラして聞こえるのに、絵画表現がとてもドラマチックだったりファンタジーだったりで観ているだけで楽しかったです。
●「ロートレック展 時をつかむ線」
2025年4月6日(日)まで「東京 → 北海道 → 長野」と全国を巡回中。
素描が多めですが有名なカラー作品の展示ももちろんあります。
滑らかでするっと伸びる線一本一本がセンス抜群な感じ…!
100年以上前の作品なのに古さを感じさせないのがロートレックの魅力だなと改めて感じられた展覧会で、とても楽しかったです。
●「カナレットとヴェネツィアの輝き 」
2025年6月22日(日)まで「静岡 → 東京 → 京都 → 山口」と全国を巡回中。
たくさんのヴェネツィアの景色が堪能できました。
カナレットをはじめ画家それぞれが自らのヴェネツィアの思い出を語ってくれているようで、とても穏やかな気持ちなれる展覧会でした。
これまでの美術展の感想はこちらにまとまっています。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録のTwitterもやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
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