三菱一号館美術館の
「異端の奇才 ビアズリー展」に行ってきました。
去年からずっと楽しみにしていた展覧会です。
感想は図録なども参考に書かせていただいています。
ネタバレを避けたい方は感想をスキップして
「異端の奇才 ビアズリー展 情報」までジャンプしてくださいね ^^
「異端の奇才 ビアズリー展」 感想
異端の奇才 ビアズリーって?
オーブリー・ビアズリー《詩人の残骸》1892 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
- オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley, 1872-1898)
- 1872年、イギリス・ブライトンに生まれる
- 父親が財産を使い果たしたため、母親が富裕層の子弟にピアノやフランス語を教えて生計を立てる
- 7歳の時に肺結核と診断される
- 音楽や絵の才能に長けていたが、一家困窮のため美術学校に通うことができず、絵は独学で習得
- 家庭を支えるため16歳から事務員として働く
- 肺結核の進行と闘いながら、昼は仕事、夜は自室に籠って蝋燭の明かりを頼りに素描に没頭
- 読書家であり、自分の描いた素描と引き換えに書物を手に入れるようになる
- それらの作品群が関係者の目に留まり、仕事の依頼が舞い込む
- 物語や雑誌の挿絵、ポスター制作などで活躍
- 肺結核のため25歳で逝去
ビアズリーが表舞台で活躍した期間はわずか5年。
昼は事務員、夜は独学で絵を描く二重生活のなかで、1000点以上の作品を残しています。
新進気鋭のセンス輝く独特な世界観の作品は、25歳という若すぎる死によってまたその魅力を増しているように感じます。
ビアズリーと『サロメ』
ビアズリーの作品で最も有名なのは『サロメ』の挿絵だと思います。
1893年初頭、ビアズリーの才能に魅せられた美術史家のルイス・ハインドは、自身が計画していた芸術雑誌『STUDIO』(ステューディオ)でビアズリーの特集を組みました。
このときに紹介された作品1点によって、ビアズリーは一躍人々の注目を集めることになります。
それがこの《おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン》でした。
『STUDIO』創刊号 オーブリー・ビアズリー 挿絵「オスカー・ワイルド『サロメ』より『おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン』」東京国立近代美術館(あやしい絵展で購入したポストカード撮影)
《おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン》はオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』のクライマックスシーンを独自の解釈で描いた作品で、これが出版社の目を惹き、ビアズリーは英訳版『サロメ』の挿絵画家に大抜擢されました。
《おまえの口にくちづけしたよ、世カナーン》が版権の都合で『サロメ』に転載できなかったため、描き直された作品が下にある《クライマックス》だと伝わっています。
オーブリー・ビアズリー《クライマックス》1893原画/1907印刷 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
ビアズリーの挿絵はその大胆な構図と独特な絵柄によって物語を一気にビアズリーの世界に引き込むパワーがあると感じます。
実際に英訳版『サロメ』の報酬は著者ワイルドよりもビアズリーのほうが高く、自身より注目を集めるビアズリーをワイルドは快くは思っていませんでした。
オーブリー・ビアズリー《ヘロデヤの登場》1893原画/1907印刷 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
そもそもワイルドはビアズリーの絵柄を気に入っていなかった可能性もあったそうです。
加えてビアズリーはたびたび著者ワイルドを物語の挿絵に登場させるのですが、描かれる顔があまりにもワイルドを愚弄するようなものだったため(例《ヘロデヤの登場》右下の男》、ワイルドは英訳版 『サロメ』の挿絵を「たちの悪い落書き」だと一蹴するなど、とても友好的な関係とは言い難いものだったのだとか。
オーブリー・ビアズリー《サロメの化粧Ⅰ》1893原画/1907印刷 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
ところで、ビアズリーは《サロメ》の挿絵に男女の性的結合を暗示させるような記号を多用していました。
そのきわどい表現によってたびたび検閲に引っかかっていたようで、例えば《サロメの化粧Ⅰ》では左側の椅子に座る男が自慰を連想させるとして不採用。
代わりに《サロメの化粧Ⅱ》が描かれました。
この《サロメの化粧Ⅱ》がすごく優雅で素敵だったんですよ。
ドレスの黒い部分はべた塗りでシンプルにしている一方、白い部分は細やかで可愛らしく描かれています。
ドレスの黒と白を大胆な曲線で繋げていて、スカートのしなやかな広がりがとても美しいです。
オーブリー・ビアズリー《サロメの化粧Ⅱ》1893原画/1907印刷 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
また、人物以外の部分にも注目です。
《サロメの化粧Ⅰ》と《サロメの化粧Ⅱ》どちらにも登場する黒塗りのテーブルは、当時の流行だった日本美術「アングロ=ジャパニーズ様式」と呼ばれる先進的なデザインの家具になっています。
《サロメの化粧Ⅰ》には『悪の華』などの話題になった本が、《サロメの化粧Ⅱ》にはサド侯爵の著作など当時の問題作のタイトルが並んでいます。
ボードレール著『悪の華」の挿絵は私の大好きなオディロン・ルドンの挿絵が描かれている作品です。
ビアズリーも影響を受けたりしたのでしょうかね。
大好きな二人の画家が結びついたようで嬉しくなってしまいます。
ビアズリーと『イエロー・ブック』
《イエロー・ブック 第1巻・2巻・4巻》 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
『イエロー・ブック』はビアズリーが構想から携わった19世紀イギリスを代表する文芸雑誌です。
オスカー・ワイルドとの『サロメ』をめぐる確執に辟易していたビアズリーは、ワイルドが関与しないことを条件に雑誌の美術編集を引き受けていました。
しかし、ワイルドが同性愛の科で有罪になると、無関係だったビアズリーも巻き込まれて編集を外されてしまいます。
ビアズリーが『イエロー・ブック』に携わったのは第1巻~第5巻でしたが、ビアズリーが去った後は前衛的な性格は失われていったそうです。
ビアズリーと『髪盗み』
ビアズリーは数多くの挿絵やポスターを手掛けていますが、本展で私がとくに気に入ったのが『髪盗み』の挿絵です。
1712年にイギリスの詩人アレクサンダー・ホープによって発表された『髪盗み』は、ある男爵が美女の頭髪をひと房切り取って盗んだことから苛烈な争いが生じる喜劇的な物語で、ビアズリーは挿絵8点と口絵、表紙を手がけました。
オーブリー・ビアズリー《恋文》1896原画/1901印刷 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
この《恋文》は『髪盗み』第1章、社交界の華ベリンダが男爵からの手紙を読みながら寝床でまどろんでいるシーンです。
とても可愛らしい作品で当時から評判がよく、「ビアズリーが可憐さという一般的概念」に寄り添った初めての作品と言われているそうです。
たしかに『サロメ』に出てくる女性は独特で、男にも女にも見える個性の強い姿だったのに対し、このベリンダはだれが見ても愛らしいですよね。
フリルの部分などは点描風になっていてふんわり柔らかな雰囲気があり、壁の装飾もとても可愛いです。
オーブリー・ビアズリー《伊達男と美女の争い》1896 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
ビアズリー自身が「まあまあの成功作」としたのが《伊達男と美女の争い》です。
髪を盗まれ憤った美女に怖気づいている男を描いたシーンで、オーガンジーやモスリンなど18世紀風のドレスが描き分けられていると高く評価されました。
ドレスの模様が繊細で、点描的タッチや日本の漫画のような網掛け技法などいろいろな手法が用いられていて、黒い線しか使っていないのに濃淡がしっかり表現されています。
近くで見ても細かなところまでこだわっていて隙がなく、見ごたえのある美しい作品でした。
アングロ=ジャパニーズ様式
エドワード・ウィリアム・ゴドウィン「コーヒーテーブル」1866-67デザイン/1870-90頃製造 スティーブン・キャロウェイ・コレクション
本展ではビアズリーの時代に流行した家具やカトラリーの展示もあります。
1862年のロンドン万博で日本の品々600点以上が紹介されたことをきっかけに、イギリスにおけるジャポニスムが始まります。
イギリスの芸術家たちは日本の文物を集めてそのモチーフやデザインを吸収し、日本的な形を当時のイギリス人が好むようにデザインされた「アングロ=ジャパニーズ様式」が流行しました。
ビアズリーが描いた『サロメ』の《サロメの化粧Ⅰ / Ⅱ》に登場する黒塗りのテーブルもこのアングロ=ジャパニーズ様式になっています。
エドワード・ウィリアム・ゴドウィン「ドロモア城の書きもの机」1869 大阪中之島美術館
西洋と日本が入り混じったデザインがどれもこれもとても可愛いのですが、エドワード・ウィリアム・ゴドウィンがデザインしたものは格別でした。
先に挙げた「コーヒーテーブル」や日本の薬棚のような小さめな引出しと真鍮の金具が組み合わさった「ドロモア城の書きもの机」など、直線がたくさん使われたデザインがとっても素敵です。
ゴーハム社「草花文カトラリーセット」1870年代 三菱一号館美術館
また、ゴーハム社の「草花文カトラリーセット」の細工の美しさたるや。
ケーキサーバーに日本風の草花模様が微細に刻まれていて、これでティータイムをするなんてトキメキしかないですよね。
ビアズリーはこんな文化や芸術があふれる時代に生まれ育ったのだなと感慨深くなりました。
お気に入り作品
ビアズリー展のいちばんのお気に入りは《画家自身の肖像》です。
オーブリー・ビアズリー《画家自身の肖像》1894 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館
この作品をみてまず感じたのは可愛らしさ。
天窓の模様やベッド装飾のデザイン、大胆な構図が目を惹きます。
中にいる帽子をかぶった人物がふわふわの布団で休んでいる様は平和的で、素敵な作品だなと思いました。
しかし、次にタイトルを見てこれがビアズリーの自画像なんだとわかるとすこし複雑な気持ちになりました。
幼いころから結核に苦しみ25歳で亡くなったビアズリーを思うと、天窓を黒、中にいる人物を白にすることで、人物の存在感が薄れて今にも天に召されそうにも思えます。
あるいは体調が良い時にベッドでほっと安らぎを感じている場面にも見えたり。
もしビアズリーがもっとずっと長生きして作品を生み出し続けていたら、どんな風になったのだろうと思わずにはいられません。
ビアズリー展、とても楽しかったです。
「異端の奇才 ビアズリー展」 情報
グッズ
三菱一号館美術館のショップは規模はそこまで大きくありませんが、種類は割と豊富でした。
展示会場外にありますので財布を持たずに鑑賞しても大丈夫です。
図録
鑑賞前から買うと決めていた図録。
予定通り購入しました。
ソフトカバーで扱いやすいサイズ感です。
表紙が絵柄違いで水色とピンクの2種類があり、ギリギリまで迷った末にピンクを選びました。
ピンクは『髪盗み』の表紙デザインです。
図録は 税込3,500円 でした。
ポストカード
ポストカードももちろん購入。
気に入った絵がたくさんあり選ぶのが大変でした。
普通サイズが 税込165円、大判サイズが 税込330円でした。
マスキングテープ
近頃よく買ってしまうのがマスキングテープ。
手帳に惜しみなく貼っています。
マスキングテープは私が買ったこのピンクのものと、モノクロのイラストのものの2種類があります。
税込660円でした。
キャンディ
キャンディも買ってきました。
金太郎飴になっていて絵柄3種類はどれもビアズリーの挿絵に登場するモチーフです。
- 《トマス・マロリー編『アーサー王の死』の頭文字A》
- 《ウォルター・ジェロルド編『チャールズ・ラムとダグラス・ジェロルドの名言集』のヴィネット》
- 《オスカー・ワイルド編『サロメ』の表紙(案)》
とても可愛らしいですよね。
飴で黒と白の配色なのも珍しいです。
キャンディは 税込1,296円でした。
音声ガイド
ビアズリー展に音声ガイドはありません。
すっごく残念です。
音声ガイドは雑音をシャットアウトしてくれて音楽が流れて没入できるから助かるんですよね。
あれば絶対に利用するのに・・・。
混雑状況
平日のお昼過ぎに行ったのですが、それなりに人がいるなという印象です。
ものすごく混雑しているわけではなかったけれど、人との距離は近めだったかなと思いました。
所要時間
所要時間は1時間半~2時間程度です。
音声ガイドがないぶん文字情報が多いので、しっかり読めばそれなりに時間がかかります。
チケット
チケットは 一般 税込2,300円 です。
前売りだと 一般 税込2,100円 になるので、可能であれば前売りを買っておくのがおすすめです。
ロッカー
三菱一号館美術館では無料のロッカーを利用できます。
100円玉も不要です。
撮影スポット
ビアズリー展では「第3章」のエリアで写真撮影が可能です。
また、展示の最後にある『髪盗み』表紙のパネルも撮影できます。
巡回
ビアズリー展は「東京 → 福岡 → 高知」と巡回予定です。
観る前に読むと楽しい本
ビアズリー展を観る前に読んでいると展覧会の楽しさが倍増すると思う本が2冊あるので、ちょっとだけ載せておきます。
小説が1冊、戯曲が1冊です。
『サロメ』(原田マハ)
まずは原田マハさんの『サロメ』です。
ビアズリーが保険会社で働きながら独学で絵を描いていたこと、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵で一躍有名になったこと、男色家として裁判にかけられたワイルドに巻き込まれて仕事がなくなっていった様子など、ビアズリーの人生が物語を通して良くわかります。
美術史をもとにした"小説"なのであくまでもフィクションなのですが、専門書では想像しずらいビアズリーの心情も込みで読めるのですごく面白いです。
なぜ今回のビアズリー展に"異端の奇才"と名付けられているのかがよくわかる物語です。
原田マハさんご自身が元キューレターなので、事実とフィクションの織り交ぜ方が抜かりありません。
装丁は明らかに『イエロー・ブック』がもとになっていますよね。
『サロメ』(オスカー・ワイルド)
ビアズリーを一躍有名にしたのがオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』です。
本展にもかなり詳しい展示がありますので、あらかじめ物語を知っておくとすんなりと入ってきます。
翻訳がいろいろ出ていますが、私はこの「孔雀の羽」のような表紙が使われている岩波文庫バージョンが好きです。
先に紹介した「アングロ=ジャパニーズ様式」で多用された「孔雀の羽」のモチーフは「唯美主義運動(芸術至上主義)」と密接に結びつけられるようになるのですが、この流行の中心人物が『サロメ』の著者であるワイルドでした。
文庫の表紙は当時の英訳版『サロメ』の表紙(案)だったもので、孔雀の羽を組み合わせた図案に見えますが、じつは人間の生殖器官や性的結合が暗示されています。
ビアズリーの意図を見破った出版社によって一旦はボツになり、その後、ビアズリー著『丘の麓』や『サロメ』第2版の表紙を飾りました。
どちらもビアズリー展で観ることができます。
戯曲なので劇の台本みたいな感じすが、ちゃんと面白いです。
物語を補完するのが挿絵の役割で、あくまでも物語が主体なのが普通。
しかし、これを読むと「ビアズリーの絵がすごく映える話だな」と逆のことを思ってしまいますね。
展覧会情報まとめ
お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください。
以下はすべて東京展の情報です。
展覧会名 |
異端の奇才 ― ビアズリー |
● 東京会場 |
2025年2月15日(土) ― 2025年5月11日(日) |
開室時間 |
10:00-18:00 |
休館日 |
月曜日 |
混雑状況 | 平日昼・すこし混雑 |
所要時間 | 1時間半~2時間半 |
チケット | 一般当日 2,300円(税込) 一般前売り 2,100円(税込) |
ロッカー | 無料/100円玉不要 |
音声ガイド | なし |
撮影 | 撮影可能エリアあり 撮影スポットあり |
グッズ | 展示会場外にあり 小規模だけど種類は豊富 |
巡回 |
● 福岡久留米市美術館(福岡) |
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関連情報
●「北欧の神秘」
2025年3月26日(水)まで「東京 → 長野 → 滋賀 → 静岡」 と1年をかけて全国を巡回中。
すーっごい素敵な展覧会でした。
北欧の風景というだけでもキラキラして聞こえるのに、絵画表現がとてもドラマチックだったりファンタジーだったりで観ているだけで楽しかったです。

●「ロートレック展 時をつかむ線」
2025年4月6日(日)まで「東京 → 北海道 → 長野」と全国を巡回中。
素描が多めですが有名なカラー作品の展示ももちろんあります。
滑らかでするっと伸びる線一本一本がセンス抜群な感じ…!
100年以上前の作品なのに古さを感じさせないのがロートレックの魅力だなと改めて感じられた展覧会で、とても楽しかったです。

●「カナレットとヴェネツィアの輝き 」
2025年6月22日(日)まで「静岡 → 東京 → 京都 → 山口」と全国を巡回中。
たくさんのヴェネツィアの景色が堪能できました。
カナレットをはじめ画家それぞれが自らのヴェネツィアの思い出を語ってくれているようで、とても穏やかな気持ちなれる展覧会でした。

●「モネ 睡蓮のとき」
2025年9月15日まで「東京 → 京都 → 愛知」と全国を巡回中。
モネの睡蓮ばかりを集めた、睡蓮づくしの展覧会です。
また、晩年のジヴェルニーの自宅で描いたバラの庭の作品も素晴らしかったです。

▼これまでの美術展の感想はこちらにまとまっています。

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最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録の X もやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
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