東京藝術大学大学美術館の『大吉原展』 に行ってきました。
展示作品のほとんどに解説がついていたり、展示空間にも工夫を凝らしていてかなり気合が入った展覧会でした。
とんでもない圧倒的な情報量で吉原の解像度が上がりました。
負の面もそうでない面も
吉原という場所をかなり詳しく知ることができた有意義な展示で、観に行くことができて本当に良かったと感じています。
『大吉原展』 感想
"幕府公認の遊郭" 誕生から消滅まで
大吉原展では多くの作品を通じて「吉原の繁栄と衰退」「遊女の生活」「吉原の町で栄えた芸能」などについて語られています。
吉原が誕生したのは江戸時代、1618年です。
遊女たちのほとんどは地方の貧しい家庭から借金を抱えて売られてきた娘たちでした。
吉原が完全に消滅したのはそれから340年あまり ― 1958年のことです。
個人的に吉原というと江戸時代のイメージが強かったのですが、1958年って私の親世代が生まれる時代ですよ。
そんなに最近まで残っていたことに驚きます。
大昔のことではなかったのですね。
吉原消滅には外国からの人権侵害の訴えが少なからず影響したようなのですが、なんだかその流れが現代とちっとも変っていない気がしてやるせない気持ちにもなったりしました。
▼ざっくり吉原の歴史
*図録と音声ガイドを参考にまとめさせていただきました |
吉原の一日、遊女の一日
鳥居清長《新吉原江戸町二丁目丁子屋之図》天明1781-89頃 大英博物館蔵
大吉原展では吉原の営業の流れと、それに伴う遊女の一日の流れが紹介されます。
朝の10時に起きて身支度、昼の営業時には格子で覆われた張見世に出る。
夕方には花魁道中、夜の営業が開始されると客をもてなし、泊り客が寝るのは夜中の2時頃・・・といった具合にかなり具体的に知ることができました。
次の画像は子の刻(深夜0時)、遊女が床着に着替えている場面を描いたものです。
横にいるのは妹分である留袖新造で、花魁が脱いだ座敷着を畳んでいます。
喜多川歌麿《青楼十二時 続 子の刻》寛政6(1794)年頃 大英博物館蔵
客は先に床について花魁が来るのを待っています。
なじみ客が重なってしまうことがあれば新造が話し相手を務めることもありました。
華やかな遊女たちの裏側はとてもせわしく、気を抜く暇もなさそうな印象を受けました。
遊女たちは客前での飲食が禁じられていたため、ろくに食事の時間も取れず苦しんでいた事実もあったそうです。
遊郭では何度も何度も火事が起こっているのですが、その原因の半分以上は日常的な折檻と過酷な労働に苛まれた遊女たちによる放火でした。
吉原に足を踏み入れる
大吉原展の展示会場は3フロアあり、最後のフロアが新吉原の町を再現した空間になっています。
医師の者のほか 何者によらず
乗物一切無用たるべし
鎗・長刀 門内にかたく停止
たるべきものなり
という看板を通過すると、吉原のメイン通りへ。
三味線が流れ、左右の店(のように見せている展示部屋)は赤い光に照らされています。
確かにそこは作り物の別世界で、良くも悪くも特別な場所であったことが伺えました。
遊女たちの写真
大吉原展のなかで衝撃を受けたものがいくつかあります。
その一つが、実在した遊女の写真があったことです。
浮世絵や演劇、映画や小説、漫画やアニメの舞台によく登場する遊郭という場所は、史実と知りながらもどこか浮世離れした存在でした。
それが当時の実在した女性たちが本当にあの遊女の着物や髪飾りをして写真に写っているのです。
一気に現実に引き戻された感じがします。
張見世をする遊女たちは優美な格好をしているけれど鳥籠に閉じ込められた鳥そのもので、やはり吉原という場所が異常であり異様なものだったのだとあらためて痛感させられました。
吉原の花
喜多川歌麿《吉原の花》寛政5(1793)年頃 ワズワース・アテネウム美術館蔵
こちらは喜多川歌麿の《吉原の花》という作品で、歌麿の肉筆画の中でも最大級のものになります。
大吉原展すべての作品の中で一番感動しました。
登場人物すべてを女性に置き換えている空想の世界を描いていて、着物の文様、青と赤をはじめとする色彩、どれをとっても本当に美しくため息がこぼれました。
実物だと金色の装飾やぷくっと浮き上がったような線が間近で観られます。
掛け軸の模様までもが美しかったです。
歌川国貞《青楼二階之図》(部分)文化10(1813)年 大英博物館蔵
また、こちらは歌川国貞の《青楼二階之図》のうちの1枚です。
会場では5枚続きの大画面で、妓楼の二階の全容が見渡せる作品になっています。
人物一人ひとり、一部屋一部屋まで綿密に描き込みがなされ、吉原の内部ではどんなことが起きているのかを上から見下ろす構図で描かれた見ごたえのある作品でした。
遊女たちのほとんどが借金を枷に色を売らされてきた境遇があり、遊郭・吉原という場所は未来永劫決して出現してはならない制度である ということについて、大吉原展では繰り返し繰り返し唱えられていました。
私も同じ意見です。
しかし、吉原が 音楽・芸能・ファッション・美術・文芸・出版と、日本文化の発信地であったこともまた事実です。
吉原という主題でたくさんの価値のある作品が生まれている点は、吉原の負の歴史と並行して見つめていきたい吉原のもうひとつの歴史だと思います。
まとめ
今回の大吉原展に対して、キャッチコピーや宣伝文句から「吉原を美化している」とか「負の面が軽視されている」といった意味合いのコメントがSNS上で拡散し、開催前にも関わらず炎上していました。
私は去年からずっと楽しみにしていた展覧会でしたし、個人的には内容までちゃんと見てから自分の意見を持ちたいスタンスなので、開催後すぐに観に行きました。
観終わった感想としては、
とても素晴らしく貴重な時間を過ごさせてもらって、開催してくださった感謝の思いでいっぱいです。
歌川広重《名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣》安政4(1857)年 東京藝術大学蔵
少なくとも展示内容は全くチャラチャラしたものではありませんでした。
吉原を美化しているわけでもなく、むしろ作品をとおして吉原の"全容"を見せてくれたと思います。
負の歴史を無視しては絶対にいけないけれども、吉原が文化の発信地であったこともまた歴史の一部です。
負の歴史があるからといってもう一方を掻き消してしまうことだって、やっぱり正しくない気がします。
そういう意味では、この大吉原展は均等ではないにしろどちらかの側面だけを強く押し出すでもなく「圧倒的な情報量を提供する」という方法で吉原の全体像を示してくれたのかなと感じました。
この大吉原展をきっかけに自分の興味のある吉原の歴史を勉強したり、また別の視点から吉原を掘り下げる展覧会が開かれたりしていったらすごく有意義だなと思いました。
濃い展覧会です。
是非行ってください。
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『大吉原展』の情報
グッズ
たくさん買ってきました。
省スペースだけど充実したラインナップでした。
グッズ売り場は『大吉原展』会場の中にありますので、鑑賞時にお財布を持ってお入りください。
図録
すさまじい情報量の図録です。
美術館巡りの趣味ももうすぐ10年くらいになりますが、過去いちばんの厚みでした。
めちゃくちゃ重いです。
解説が分かりやすく丁寧に書かれていて、参考書や読み物としてかなり充実した内容になっています。
図録は 3,500円(税込)です。
ポストカード
大吉原展は展示作品数がかなり多かったのですが、ポストカードはその中の厳選されたものが数点あるという感じです。
定型サイズのものもあれば 花魁をかたどった変形のものもあり、とても可愛いですね。
定型のポストカードは 1枚 200円(税込)
ダイカットポストカードは 1枚 460円(税込)です。
トレーディングカード(シークレット)
トレーディングカードなる楽しいものもありました。
白い封筒に入っていて中身が分からない仕様で、花札くらいの小さなサイズになっています。
トレーディングカードは 440円(税込)でした。
ブックマーカー(しおり)
定番のブックマーカー(しおり)は3つ買いました。
文庫本サイズのものと、廓ことばの銀色のステンレス製のものです。
サイズ感は画像のような感じです。
ちなみに、"おさらばえ"の意味は「さようなら」。
「おさらば」の派生で、よりやさしく訴えかける気持を表わす廓ことばの一つだそうです。
ブックマーカーは文庫本サイズが1点 550円(税込)
廓ことばマーカーは 1点 1,540円(税込)です。
マスキングテープ
マスキングテープもいくつか種類があり、私は着物が美しく力強いデザインのものを選びました。
手帳に貼るとすごく目立ちます。
『大吉原展』にいってきたぞと一目でわかって、いい感じです。
マスキングテープは 1点 660円(税込)です。
友禅和紙おりがみ
工作するために おりがみ まで買ってしまいました。
友禅和紙だそうで、花魁の着物をイメージした切り継ぎ文様になっています。
ただショックだったのが1点。
表に見えていたのが画像(↑)の柄だったので、てっきり入っている折り紙すべて柄入りだと思っていたら違いました。
全11枚中 友禅和紙の柄入りは3枚だけで、あとの8枚は無地という。
裏に書いてあったのよく見ればよかった!
綺麗だから、さっそく使います!
友禅和紙おりがみは 550円(税込)です。
飴ミラーセット
昔ながらのカンカン入りの飴ちゃんと、手鏡のセット。
行く前から楽しみにしていたグッズです。
手鏡と飴の組み合わせが数種類あり、手鏡のデザインで選びました。
手鏡の方は手のひらくらいの大きさ、裏は普通の鏡です。
マットな質感のプリントで良い感じです。
飴ちゃんは昔ながらのレトロな可愛さ。
初めて開封するときだけ硬貨などを使用してパカっと開けます。
紅茶飴は甘くてとても美味しいです。
飴ミラーセットは 2,200円(税込)でした。
ピアス
美術館グッズでこれまでアクセサリーまでは手を出していなかったのに。
展示が良すぎたので完全にテンションが上がっていました。
観たばかりの作品がピアスになっていたら買ってしまいますね・・・。
表面はぷっくりしたデザインになっています。
赤とか青とかではない一見すると和柄だとわからない色合いが、ひっそりしていて非常に可愛いです。
すごく軽い素材で疲れにくいし、気に入っています。
ピアスは 4,400円(税込)でした。
混雑状況・所要時間
そこまで混雑はしていませんでした。
開催直後の3月下旬、しかも平日の朝だったからかもしれません。
所要時間は2時間以上です。
情報量がすごくて解説をじっくり読むのであれば2時間では絶対に足りないと思います。
私は2時間 45分かかりました。
チケット
大吉原展は事前予約不要。
混雑時には入場制限がかかる場合があります。
事前にネットで購入することもできますが、日時指定できるわけではないので注意。
私は美術館の窓口で当日券を購入しました(待ち時間は0分でした)。
QRコードのチケットになっています。
チケットは 一般料金 2,000円(税込)です。
音声ガイド
音声ガイドは
ナレーターが声優の沢城みゆきさんと槇大輔さん。
沢城みゆきさんはアニメ『鬼滅の刃』で吉原遊郭の花魁として潜んでいた鬼・堕姫を演じられていましたね。
会場での音声ガイド機の貸出は 650円(税込)
アプリ版の事前ダウンロードでも 650円(税込)です。
アプリ版では 5月19日(日)まで家で何度でも聴けるので、私はアプリ版を選びました。
アプリ版にする方は会場にイヤフォンを忘れずにご持参ください。
作品リスト(QR)
大吉原展では紙の作品リストの配布はありません。
QRコードで読み込む電子版が苦手な方は、事前にネットから印刷してくることをお勧めします。
ロッカー
東京藝大学大学美術館ではロッカーを利用できます。
ロッカーの使用は無料ですが、100円玉が必要です。
撮影スポット
展示の最後のフロアにある、立体模型のみ撮影が可能です。
この記事での模型の画像はすべてこちらを撮影したものになります。
巡回
大吉原展は 東京のみで巡回はありません。
開催概要まとめ
展覧会名 | 大吉原展 |
● 東京展 |
2024年3月26日(火)~5月19日(日) 展示替えあり ▶ 東京藝術大学大学美術館 |
休室日 | 月曜日、5月7日(火) ただし4月29日(月・祝)、5月6日(月・振休)は開館 |
開室時間 | 午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで) |
混雑状況 | 平日朝いち・混雑なし |
所要時間 | 2時間以上 |
チケット | 一般 2,000円・事前予約なし |
ロッカー | あり(無料・100円玉必要) |
音声ガイド | あり |
撮影 | 最終フロアの吉原の模型 |
グッズ | 展示会場内にあり・充実 |
※お出掛け前に公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
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関連情報
● 『印象派 モネからアメリカへ』
2025年 1月5日(日)まで、東京→福岡→東京→大阪と巡回中。
印象派の波はヨーロッパだけでなく、海を越えたアメリカにも影響を与えていました。
アメリカらしい特徴を描いたアメリカ的な印象派作品にたくさん出会えます。
●『北欧の神秘』
2025年3月26日(水)まで「東京 → 長野 → 滋賀 → 静岡」 と1年をかけて全国を巡回中。
すーっごい素敵な展覧会でした。
北欧の風景というだけでもキラキラして聞こえるのに、絵画表現がとてもドラマチックだったりファンタジーだったりで観ているだけで楽しかったです。
● 『モネ 連作の情景』
2024年 5月6日(月・休)まで大阪で開催中です。
モネの連作に焦点を当てた展覧会で、印象派ならではの光や空気の移ろいを感じられる素敵な展覧会でした。
● 『マティス 自由なフォルム』
2024年 5月27日(月)まで、国立新美術館で開催中。
マティスが晩年に取り組んだ「切り紙絵」をメインにビックサイズの作品も含めて160点の作品が集まっています。
特にロザリオ礼拝堂の原寸大空間は青と黄色のステンドグラスが美しく素敵な空間でした。
これまでの美術展の感想はこちらです。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録のTwitterもやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
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