SOMPO美術館の ゴッホ展 2023
『ゴッホと静物画 ―伝統から革新へ』 に行ってきました。
ゴッホの《ひまわり》を持つ美術館 ―
SOMPO美術館が開催するゴッホの静物画展とあって、とても楽しみにしていた展覧会です。
『ゴッホと静物画』展のいちばんの見どころは、やっぱり《アイリス》の静物ですよね。
SOMPO美術館の《ひまわり》とファン・ゴッホ美術館の《アイリス》が並べて展示されているなんて、なんて貴重な体験でしょうか。
全体的に「花の静物画」が多めで、色づかいの美しさを存分に楽しめる展覧会だったと思います。
ゴッホ以外も見ごたえのある美しい作品ばかりでした。
『ゴッホと静物画』 感想
色の研究のための「花」
ゴッホが37年の生涯で描いた約850点の油彩画のうち、静物を扱った作品は190点にのぼります。
ゴッホのアイコンである《ひまわり》も静物画ですね。
フィンセント・ファン・ゴッホ《カーネーションをいけた花瓶》1886年 油彩/キャンヴァス アムステルダム市立美術館
ゴッホにとって静物画は色づかいに慣れるための鍛錬の一環でした。
あくまでも「色の研究」という側面が強かったので、必ずしも描きたくて描いていたジャンルではなかったようです。
フィンセント・ファン・ゴッホ《ばらとシャクヤク》1886年6月 油彩/キャンヴァス クレラー=ミュラー美術館
「花の静物画」は、ゴッホがパリに滞在した1886年から1887年の間に積極的に描かれています。
この頃のフランスでは親しみやすくて手ごろに持てる静物画や風景画が人気でした。
とくに「花の静物画」はモデルの必要もなく売れる見込みがあったため、画家にとって人気のテーマ。
ゴッホが「花の静物画」に取組んだのは、色の研究に加え、周囲の画家たちが多く扱うモチーフであったこともまた契機となったそうです。
フィンセント・ファン・ゴッホ《野牡丹とばらのある静物》1886-7年 油彩/キャンヴァス クレラー=ミュラー美術館
この《野牡丹とばらのある静物》は、ゴッホとしては異質な作品です。
構図、軽めのタッチ、サインの位置(ゴッホは右下に署名することが多いが、この作品は右上)はゴッホにしては珍しいものでしたが、X線写真や科学的調査からゴッホが使用した絵具であると判明しました。
フィンセント・ファン・ゴッホ《野牡丹とばらのある静物》1886-7年(部分)
たしかにゴッホに特徴的な厚塗りなタッチがみられないため、実物をみてもゴッホらしい激しい印象は感じませんでした。
真面目で勉強熱心だったゴッホですから、パリ滞在中にいろいろな描き方や構図を試していたのかもしれません。
《ひまわり》と《アイリス》
ゴッホが向日葵を単独の静物画として描いたのはパリ滞在2年目の1887年のことです。
複数ある《ひまわり》のなかでもこの《結実期のひまわり》は最初に描かれたと考えられています。
向日葵の花の部分だけを描いたコンパクトなサイズの作品です。
フィンセント・ファン・ゴッホ《結実期のひまわり》1887年8-9月 油彩/綿布 ファン・ゴッホ美術館
いわゆるゴッホの《ひまわり》として思い浮かべる"花瓶に入ったひまわり"の作品は、計7枚あります。
ゴッホの《ひまわり》はアルルの「黄色い家」でゴーギャンとの共同生活を彩るために描かれました。
フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年11-12月 油彩/キャンヴァス ファン・ゴッホ美術館
いちばん有名なのは4番目のロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《ひまわり》で、12本の向日葵が全面黄色の画面に据えられた作品です。
SOMPO美術館所蔵の《ひまわり》は、そんな4番目の《ひまわり》をもとにしたセルフコピー作品だと言われています。
「耳切り事件」の数週間後の1888年11月から12月にかけて、療養院で描かれました。
フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリス》1890年5月 油彩/キャンヴァス ファン・ゴッホ美術館
こちらの《アイリス》がまた迫力満点でした。
花の構図や黄色を使った配色など《ひまわり》と共通の特徴がある興味深い作品です。
ゴッホが弟のテオに送った手紙から、このアイリスは当時は"紫色"だったことがわかっています。
紫と黄色の補色の組み合わせを試みたものだそうです。
ゴッホと静物画展 《アイリス》と《ひまわり》の展示風景
SOMPO美術館の《ひまわり》とオランダのファン・ゴッホ美術館にある《アイリス》が並んでいる光景はたまりません。
なんて贅沢なのでしょう。
絵具の盛り上がりまではっきりくっきり観ることができました。
SOMPO美術館の《ひまわり》はガラス越しでの展示しか観たことがありませんでしたし、《アイリス》はオランダに行かなければ観られない。
この2作品を一覧できるなんて、だから美術展って大好きです。
イサーク・イスラエルス《「ひまわり」の横で本を読む女性》1915~20年 油彩/キャンヴァス ファン・ゴッホ美術館
ゴッホの《ひまわり》に感動して自分の作品のなかに《ひまわり》を描いてしまう画家もいて、ゴッホの絶大なる影響力が伺えます。
ちなみにこの《ひまわり》はロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ひまわり》がもとになっているそうです。
ゴッホの静物と、ゴーギャンの静物
ゴッホを語るうえで欠かせないのがゴーギャンの存在です。
アルルの「黄色い家」で画家たちを集めたアトリエを作りたかったゴッホの誘いに唯一「Yes」と答えたゴーギャン。
向日葵を描きながら、なかなかアルルに来てくれないゴーギャンを楽しみに待つゴッホ。
やっと始まった共同生活も、2カ月という短い期間で破綻してしまいます。
フィンセント・ファン・ゴッホ《皿とタマネギのある静物》1889年1月上旬 油彩/キャンヴァス クレラー=ミュラー美術館
この《皿とタマネギのある静物》は、ゴーギャンと口論の末に自らの耳を傷つけたあの事件の後に描かれたものです。
燭台やタマネギなどはゴッホとゴーギャンの共同生活の時期の作品に観られるモチーフなんですよ。
そんなモチーフをゴーギャンが出ていった後に描いたなんて、切なすぎませんか…。
ポール・ゴーギャン《ばらと彫像のある静物》1889年 油彩/キャンヴァス ランス美術館
アルルでの共同生活において、ゴッホは37点、ゴーギャンは21点という多数の作品を生み出していることからもわかるとおり、ふたりで過ごした時間は決して無駄でなかったことは明らかです。
それでも長く時間を共にすることは叶わなかったんですね。
ゴッホ以外の画家の静物
「ゴッホと静物画」展というタイトルですが、ゴッホ以外の画家の静物画も見ごたえのある作品が多数展示されています。
写実的で細部まで完璧な《果物と花のある静物》は、これぞ静物画、という表現ですね。
下のほうにオレンジ色の向日葵が描かれています。
カスパル・ペーテル・フェルブリュッヘン(子)《果物と花のある静物》1690年~1700年頃 油彩/キャンヴァス スコットランド・ナショナル・ギャラリー
《鉢と果物のある静物》も好きでした。
テーブルクロスや壁にもオレンジが使われていて、色づかいがとてもファンシーで可愛い作品です。
エミール・シュフネッケル《鉢と果物のある静物》1886年 油彩/キャンヴァス クレラー=ミュラー美術館
この作品もおもしろいですよね。
魚の静物画は、食の豊かさを象徴したり、魚の光沢や質感表現で画家の技量を発揮できる主題としてよく選ばれていたそうです。
アントワーヌ・ヴォロン《魚のある静物》1870年頃 油彩/キャンヴァス ユトレヒト中央美術館
展覧会全体では花の静物画が多めなのですが飽きることはありません。
同じ花のモチーフでも画家によって全く違った表現で描かれているので、とてもおもしろく鑑賞できました。
まとめ
フィンセント・ファン・ゴッホ《レモンの籠と瓶》1888年5月 油彩/キャンヴァス クレラー=ミュラー美術館
「静物画」、とくに食べ物や花のモチーフって精神的に思いっきり沈んだような暗い作品になりにくいですよね。
だからこそ色遣いの美しさや画家によるタッチの違いを気軽に楽しめる、とても親しみやすいジャンルだなと思います。
それにやっぱり、花の静物画は綺麗。
それだけで正義です。
ゴッホをはじめとした画家たちのそれぞれの色のセンスが堪能できて、とても素晴らしい展覧会でした。
とっても楽しかったです。
お気に入りの1枚
エドゥアール・ヴュイヤール《アネモネ》1906年 油彩/ボード ヤマザキマザック美術館
ゴッホ以外の作品から、ヴァイヤールの《アネモネ》です。
やっぱりかわいいです、ヴァイヤール。
アネモネの花のピンクと、絨毯やベッドカバーのピンク。
2つのピンクがリンクされた色づかいがとても綺麗で、どんな人が住んでいるのか想像できそうな家庭的なやわらかい雰囲気が気に入りました。
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『ゴッホと静物画』展の情報
グッズ
ゴッホと静物画展のグッズは、オリジナルものやミッフィーグッズなどもありバラエティに富んでいました。
中規模ですが、あまり他の展覧会で見かけないようなグッズもあります。
グッズ売り場は会場の中にありますので、お財布を持って入場してください。
ポストカード
展覧会では必ず購入するポストカード。
たくさんの種類があったのに、意図せずほとんど花の作品になってしまいました。
ポストカードは、展覧会オリジナル、SOMPO美術館オリジナル、他館から借りてきている作品の場合は他館オリジナルと、いろいろ混在して販売されています。
ポストカードは 1枚 120円(税込)です。
ひまわりのポストカードケース
ポストカードケースなるものも買ってみました。
美術館のグッズとしては珍しいのかなと思います。
SOMPO美術館所蔵の《ひまわり》の表紙が綺麗ですね。
このポストカードケースには背表紙がなくて、ページが蛇腹式に収納されています。
ページ自体は厚めの白い紙なので、好きなことを書き込んだり絵を描いたりできる仕様です。
ポストカードに限らず、チケットを入れたり写真を入れて思い出のアルバムを作ったりなどいろいろな使い方ができるのかなと思いました。
ひまわりのポストカードケースは 3,300円(税込)でした。
混雑状況・所要時間
平日の昼過ぎに行きましたが、かなり賑わっていました。
ゴッホと静物画展は展示会場内の撮影OKなので、ほとんどすべての作品でこのくらいの混雑具合です。
せっかく来たから写真撮りたいですもんね。
所要時間は1時間~1時間半くらいでした。
私は写真をとるのと鑑賞するので各セクションで2周したので1時間半。
鑑賞だけなら1時間程度になるかと思います。
ロッカー
SOMPO美術館は、入り口左側に無料のロッカーがあります。
平日昼過ぎでもロッカーがいっぱいで、その場で5分くらい待機していました。
諦めて鞄をもって鑑賞に向かう方もいました。
ロッカーは鍵式なので、100円玉などは不要です。
チケット
ゴッホと静物画展は時間指定予約制です。
当日券を買ったとしても入場時間が指定されるので、すぐに入れるとは限らないそうです。
チケットは日時指定券と当日券で料金が異なります。
- 日時指定券 一般 1,800円
- 当日券 一般 2,000円
事前にネットで日時指定券を購入していったほうが無難だと思います。
音声ガイド
ゴッホと静物画展の音声ガイドナビゲーターは、声優の福山潤さんです。
音声ガイド機カウンターのすぐ横に、福山さんの直筆サインポスターがありました。
(コードギアス大好きだったので、ちょっと嬉しかった…!)
音声ガイドの目録はスマホでQRコードを読み取って閲覧します。
音声ガイドは1台 600円(税込)です。
撮影スポット
ゴッホと静物画展はほぼすべての作品において撮影OKです。
(だからこそ人が溜まってしまうのが痛いですが…)
また、美術館外の《アイリス》の壁のペイントもフォトスポットになっています。
巡回
ゴッホと静物画展は東京のみで、巡回はありません。
開催概要まとめ
展覧会名 | ゴッホと静物画―伝統から革新へ |
● 東京展 |
2023年10月17日(火)~2024年1月21日(日) |
混雑状況 | 平日昼過ぎ・混雑 |
所要時間 | 1時間~1時間半程度 |
チケット | 一般 1,800~2,000円 事前 or 当日 どちらも日時指定制 |
ロッカー | あり(無料・100円玉不要) |
音声ガイド | 1台 600円 |
撮影 |
会場外壁・会場内のほとんどの作品でOK |
グッズ | 展示会場内にあり |
※お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
おまけ
ゴッホと静物画展の特設サイトには、デジタル鑑賞システム「みどころキューブ」というコンテンツがあります。
ゴッホの3D年表を動かしながら気になる作品があればそのまま解説が読めるという優れもの。
とても凝ったデザインになっていて、知識的にも視覚的にもとても楽しいコンテンツでした。
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関連情報
● 原田マハさんの小説 『たゆたえども沈まず』
ゴッホと弟テオの兄弟の物語で、その愛情深さと結末のやるせなさに心がぎゅーっとなる小説です。
ゴッホパート、弟で画商をするテオのパート、浮世絵を売る日本人画商のパートとが同時進行して進んでいくのですが、一気読みしてしまう没入感でした。
● 原田マハさんの小説 『リボルバー』
現代のオークション会社に勤める主人公の元に一丁のリボルバーが持ち込まれたところから話が始まります。
ゴッホはピストルで自らを撃って亡くなったとされていますが、実際はそうではないのではないという見方があります。
主人公がリボルバーの真相を探るなかで、ゴッホとゴーギャンの言い尽くせない友情と離別が描かれていきます。
幸せであれ…と思ってしまう小説です。
●『モネ 連作の情景』(2023)
ゴッホが静物画なら、モネは風景画の連作です。
モネの光が揺れるみずみずしい画風は、ゴッホの厚塗りな絵具の表現とは全く違った魅力がありますね。
積みわらの連作が観られたのがとくに嬉しかったです。
●『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展(2023)
全国巡回すると発表されているけど、一体どうなったんだろう…?
ビアズリーなど、モノクロの線画が好きな人は絶対にはまると思います。
絵本の挿絵なのに、ちょっと不気味で怖くて見ていて面白く、すごく充実した時間を過ごしました。
●『ゴッホ展 ― 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』(2021)
2年前のゴッホ展。
今回の「ゴッホと静物画」展と同じく、オランダのクレラー・ミュラー美術館所蔵のゴッホ作品が多数展示されました。
クレラー・ミュラー美術館はファン・ゴッホ美術館に次いで世界で2番目にゴッホコレクションをもつ美術館です。
●『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』(2020)
いちばん有名な4番目の《ひまわり》と出会えた展覧会です。
全面黄色のキャンヴァスがあまりにも荘厳で、太陽みたいだなと思いましたね。
これまでの美術展の感想はこちらです。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録のTwitterもやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
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