三菱一号館美術館の
「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展 に行ってきました。
2023年4月から設備メンテナンスのために休館していた三菱一号館美術館は、2024年11月に再開。
本展はその記念展となる展覧会になります。
今は亡き「不在」のロートレックと、今に「存在」するソフィ・カル。
生涯にわたって「存在」する人物を描いたロートレックと、「不在」をテーマに作品をつくるソフィ・カル。
「不在」と「存在」が混ざり合うなんとも心に刺さる展覧会でした。
※ ネタバレを避けたい方は感想をスキップして
「『不在』― トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展 情報」 までジャンプしてくださいね^^
「 不在 ― トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展 感想
ロートレックの「存在」
本展のテーマとなっているのは「不在」ですが、ロートレックは生涯にわたって目の前に「存在」する人物を描く画家でした。
夜の街を彩る歌手や役者、娼館の女性たちなど、モデルの個性を存分に表現する作品を制作しています。
《コーデュー》
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《コーデュー》1893 リトグラフ、洋紙 三菱一号館美術館
《コーデュー》は喜劇役者です。
赤ら顔とでっぷりとしたお腹がトレードマークで「大砲男」と呼ばれていたそうです。
全体的にモノクロな画面のなかで"コーデュー"と書かれた黄色の文字がアクセントになっています。
とてもおしゃれなポスターですね。
この何とも言えない歩き姿が見る者の笑いを誘う独特の雰囲気をかもし出しています。
《ラルティザン・モデルヌ》
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ラルティザン・モデルヌ》1896 リトグラフ、洋紙 三菱一号館美術館
《ラルティザン・モデルヌ》は、室内装飾品の頒布プロジェクトのポスターです。
モデルの男性はロートレックの友人で宝飾・貴金属デザイナーのアンリ・ノック。
愛人を訪ねてくる工具箱を持った男性の姿で描かれています。
曲線を多用したふわっとしたタッチは、女性が着ているレースのような洋服とよく合います。
アルバム『イヴェット・ギルベール』
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『イヴェット・ギルベール』第1葉 1894 リトグラフ、洋紙 三菱一号館美術館
『イヴェット・ギルベール』は批評家のジェフェロワの文章にロートレックが挿絵を施したアルバムです。
カフェ=コンセールやキャバレーの歌い手で「世紀末の語り部」として人気を博した歌手イヴェット・ギルベールに捧げられました。
ロートレックお気に入りのオリーブグリーンのインクで刷ったのだそうですよ。
お店に到着したところから公演のカーテンコールまで、ロートレックによってイヴェット・ギルベールの特徴的な動作は細かく描写され、まるで彼女の「存在」そのものがアルバムの中に刻み込まれているようでした。
小説『悦楽の女王』
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『悦楽の女王』1892 リトグラフ、洋紙 三菱一号館美術館
こちらはヴィクトル・ジョスの連作小説『悦楽の女王』のポスターです。
パリを離れるユダヤ人銀行家が娼婦のエレーヌに口づけする場面が描かれています。
このユダヤ人銀行家のモデルと言われているのは大財閥のロスチャイルド男爵という実在の人物で、男爵はこの作品の出版差し止めを求めたものの果たされなかった、というエピソードがあるそうです。
ロートレックらしいモチーフですよね。
ソフィ・カルの「不在」
ロートレックが「存在」を描いたのに対し、
フランスの現代アーティストであるソフィ・カル氏が描くのは「喪失」と「不在」です。
ソフィ・カル作品 展示風景
1953年にパリで生まれたソフィ・カル氏は、10代の終わりから世界を放浪してアーディスト活動を開始。
1979年ごろから、自身と家族や恋人、他者との関わりを作品に落としこんでいきます。
本展では、写真や映像とテキストを組み合わせた作品が並びました。
母の「不在」
ソフィ・カル《今日、私の母が死んだ》2013 カラー写真、テキスト、額 Perrotin協力
1986年12月27日、母は日記に「今日、私の母が死んだ」と書いた。
2006年3月15日、今度は私が「今日、私の母が死んだ」と書く。
もう誰も私のためにそう言ってくれる人はいないだろう。
これで終わり。
なかでも、ソフィ・カル氏が自身の母との死別を扱った作品《今日、私の母が死んだ》は忘れられません。
テキストを読んだときに心臓がぎゅうっと鷲掴みされたような苦しさを覚えました。
おそらく私も将来、同じことを思うだろうと。
今回の展示で一番印象深かった作品です。
(いつもは感想を書くときに「お気に入りの1枚」として気に入った作品を選ぶのですが、今回は選びませんでした。選ぶとしたらこの作品でしたが、お気に入りとして呼ぶのはなんだかすこし抵抗があるし、怖くなるので、やめておきます。)
父の「不在」
ソフィ・カル 協力:Perrotin
《彼のまなざし》2020 /《どなたさま》2017 / 《目の周りのあざ》2020
母の「不在」の作品群の反対側には、父の「不在」を表す作品が並びます。
テキストをそのまま書き写すのは省きます。
全文はぜひ直接ご覧になってほしいです。
- 《彼のまなざし》2020
私は26歳で、人生で何をしていいのかわからずにいた。(…)ただ行き場を求めて、街路で偶然見かけた通行人のあとを追い、彼らが行くとおりに歩き、その見知らぬ人たちの写真を撮った。父が気に入ってくれたので私はアーティストになり、父は私の最初の鑑賞者になった。しかし父が亡くなると、そのまなざしも失われ、私はすっかりやめてしまいたいと思った。(…)
- 《どなたさま》2017
(…)父が亡くなっても、私は携帯から彼の番号を消さなかった。
昨日、うっかりその番号に電話をかけてしまって、すぐに切った。
その直後、画面に父の顔写真と名前が表示された。(…)
- 《目のまわりのあざ》2020
(…)その夜、半分眠ったまま庭に向かい、ガラス戸を開けるのを忘れて、父の死を顔全体で受け止めた。めざめると、目のまわりに黒いあざができていた。
涙の形になっていた。
ソフィ・カル作品 展示風景
展示会場では、右側に母の「不在」、左側に父の「不在」。
そして中央には時計があります。
棺桶のような形をしていました。
ソフィ・カル《時計》作家蔵
ソフィ・カルの展示ではこのほかにも
- 盗難にあって作品が「不在」となった美術館を扱った作品
- 海に囲まれた国にいながら海を見たことがない貧困層をテーマにした映像作品
- 三菱一号館美術館のオディロン・ルドン《グラン・ブーケ》から着想を得た作品
など、いろいろな観点から「喪失」「不在」を表現しています。
ソフィ・カル 協力:Perrotin
《私の母、私の猫、私の父》2017 / 《サイレント心臓発作》2017
ここからは余談ですが、
三菱一号館美術館でのソフィ・カル作品の展示は本当は2020年の「1894 Visions ルドン、ロートレック」の開催に際して行われる予定でした。
しかし、世界的なコロナの流行によりソフィ・カル氏の来日は見送らざるをえず、プロジェクトは4年後まで持ち越されることになったそうです。
ソフィ・カル氏はこの4年間について
「自分はあと4年で死ぬかもしれない」
と思う一方で、
「この4年間は生かされるかもしれない」
と相反する感情を抱いていた様子が、作品に添えられたテキストから伺い知ることができました。
その感覚、少しわかる気がしています。
私が常に失う恐怖を感じながら生きてしまう性格というのもあるのかもしれません。
ソフィ・カル氏の作品は「心に直接刺さってくる痛み」や「ふわっとただよってくる恐怖感」みたいなものを感じてしまうと言いますか。
現代アーティストさんの作品を観るときは、私の中ではすこし覚悟が必要なんですよね。
大昔の画家とは違って、時代が近いぶん、状況が近いぶん、嫌でも心にきてしまうというか、衝撃が大きいです。
ソフィ・カル氏の思想に飲み込まれる感じがしましたね。
それでも彼女の素晴らしい作品たちに出会えてよかったと、心から思います。
とても良い時間を過ごせた展覧会でした。
「 不在 ― トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」展 情報
グッズ
本展のグッズ売り場は小規模でした。
それでも、ポストカードやクリアファイル、Tシャツ、お菓子など最低限定番なものは網羅されています。
グッズ売り場は 展示会場外にありますので、財布を持たずに鑑賞しても大丈夫です。
ポストカード
ポストカードはいくつか種類がありました。
ロートレックのカードはまだ持っていない作品を選んで買ってきたつもりです。
ソフィ・カルのカードは3種類だけだったかな…?
すべて買ってきました。
ポストカードは
ロートレックカードが 176円(税込)
ソフィ・カルカードが 253円(税込)でした。
メモ帳(ロイ・フラー嬢)
メモ帳も買ってきました。
ロートレックのリトグラフ作品《ロイ・フラー嬢》がモチーフです。
中の絵柄は3種類で、本展で展示されているリトグラフの"刷り"の制作過程がプリントされていてとても可愛いです。
メモ帳は 660円(税込)でした。
マロングラッセ
お菓子も1つ買ってきました。
ロートレックの《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》の紙袋に入っているのは、マロングラッセです。
1,200円(税込)でした。
贅沢なお買い物ですね。
美術館グッズでなければなかなか買う機会がないので、こういうちょっとお高いお菓子は私の楽しみの一つです。
コーヒーと一緒に食べて幸せ。
ガチャガチャ(キーホルダー)
久しぶりにガチャガチャもやってきました!
ロートレック作品のガチャガチャで、グッズ売り場内の出口付近にあります。
ガチャガチャって回しているときちょっと気恥ずかしくなりませんか。
カプセルはその場で開けて捨てられるのですが、素早く開けられなくてそのままそそくさと持って帰ってきました。
当たったのはワニ!!
ロートレックの友人で支援者でもあった画商 モーリス・ジョワイヤンを表したと言われているワニさんですね。
三菱一号館美術館が所蔵するロートレックの大半がこのジョワイヤンが守り伝えた作品だということですので、「三菱一号館美術館のロートレック」のグッズとしてこれほどピッタリなものはないと思います♪
ガチャガチャの種類は全部で12種類あります。
①~⑨は作家ジュール・ルナール『博物誌』に施されたロートレックの挿絵がモチーフになっています。
ガチャガチャは 1回 400円でした。
100円玉を用意していった方がいいかと思います。
混雑状況・所要時間
平日のお昼過ぎに行きまして、ゆったり鑑賞できました。
所要時間は小企画展と合わせて1時間半~2時間程度です。
チケット
チケットは 一般 2,300円(税込) です。
窓口またはオンラインにて、当日券が購入できます。
音声ガイド
本展の音声ガイドは「三菱一号館美術館音声ガイドアプリ」(iOS/Android)での「配信のみ」になります。
会場での音声ガイド機材の貸し出しはないので注意。
事前にダウンロードしていった方がスムーズです。
イヤフォンを忘れずに!
- ナビゲーター:安井邦彦さん
- 特別解説:杉山菜穂子さん(三菱一号館館 主任学芸員)
- 650円(税込) 約30分
- 配信期限:2025年1月30日まで
ロッカー
三菱一号館美術館ではロッカーを利用できます。
ロッカーの使用は無料で、100円玉も不要 です。
撮影スポット
本展では、ロートレック作品とソフィ・カル作品それぞれの展示フロアで撮影可能エリアがあります。
巡回
本展に巡回はありません。
開催概要まとめ
展覧会名 |
再開館記念「不在」 |
● 東京会場 |
2024年11月23日(土) ー 2025年1月26日(日) |
開室時間 |
10:00-18:00 |
休館日 |
月曜日、 年末年始(12/31と1/1) |
混雑状況 | 平日昼・ゆったり |
所要時間 | 1時間半~2時間半 |
チケット | 一般 2,300円(税込) ネット・窓口ともに当日券のみ |
ロッカー | あり(無料/100円玉不要) |
音声ガイド | アプリ版 650円(税込) |
撮影 | 撮影可能エリアあり |
グッズ | 展示会場外にあり/小規模 |
※お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
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おまけ
SOMPO美術館のロートレック展との違い
今回の「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」の楽しいポイントは、何といってもフランスの現代アーティストであるソフィ・カル氏とのコラボレーションだということにつきます。
一方で、行く前に気になっていたのは
2024年夏にSOMPO美術館の『ロートレック展 時をつかむ線』を観たばかりでも楽しいのか?
ということですが、私は非常に楽しめました。
SOMPO美術館の「ロートレック展 時をつかむ線」展のチラシとグッズ
2つの展覧会の"ロートレックに関して"の違いを挙げるとするなら、SOMPO美術館「ロートレック展 時をつかむ線」のほうが内容は詳しいです。
- 初期から晩年まで生涯をたどってロートレックについて学べる
- 作品のモチーフとなった人物にもスポットが当たる
- 作品数が多く、モノクロの素描多め
- 総じてかなり内容の濃い展覧会
それに対して、
本展「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」はロートレックに関しての内容は軽めです。
- しかし、再開館記念展としてはちょうどいい塩梅なのでは
- 展示数はそこまで多くはないけど、カラー作品や大判の作品が多め
- SOMPO美術館で観た作品の別バージョンが観られる
どちらにも良さがあるという感じです。
私は、本展はSOMPO美術館で得たロートレックの知識を補完する展示としてしっかり楽しむことができました。
まあでもやっぱり、ソフィ・カル氏の作品がとっても良かったというのがこの満足感のいちばんの理由かもしれません。
小企画展「坂本繁二郎とフランス」
三菱一号館美術館では、再開館に伴って1階のグッズ売り場(Store 1894)の隣に「小展示室」が設置されました。
前までは特別展専用のグッズ売り場になっていた部分かと思われます。
ここで開催する展覧会を新たに「小企画展」と名付けて運用を始めるとのことで、第1回目として開催されたのが「坂本繁二郎とフランス」です。
観覧料は企画展「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」に含まれます。
小企画展のみの入場はできないのでご注意ください。
坂本 繁二郎(さかもと はんじろう)は明治後期から昭和期の洋画家で、フランスに渡り、フランス各地を訪れては制作して過ごしました。
この小企画展では坂本氏の描いた洋画と、坂本氏が影響を受けたであろうフランス画家 コローやミレーやセザンヌの作品が並びます。
坂本作品のなかでは《壁》というピンクの壁にかかった能面がモチーフの作品が印象的でした。
次の企画展「異端の奇才 ビアズリー展」が楽しみすぎる…!
絶対に絶対に行きたい「異端の奇才 ― ビアズリー展」!
正式に展覧会のタイトルとキービジュアルが決まったということで、チラシをもらってきました。
会期は 2025年2月15日(土)~5月11日(日)とのことですよ。
ビアズリーは、オスカー・ワイルドの『サロメ』の挿絵に一目ぼれして大好きになってしまった画家です。
私はおそらく会期早々に行くと思います!
美術館前にキノピオいました
美術館前の広場にキノピオがいましたので撮ってきました。
色がにぎやかで可愛い。
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関連情報
● 「印象派 モネからアメリカへ」
2025年1月5日(日)まで、東京(上野) → 福岡 → 東京(八王子) → 大阪と巡回中。
印象派の波はヨーロッパだけでなく、海を越えたアメリカにも影響を与えていました。
アメリカらしい特徴を描いたアメリカ的な印象派作品にたくさん出会えます。
●「北欧の神秘」
2025年3月26日(水)まで「東京 → 長野 → 滋賀 → 静岡」 と1年をかけて全国を巡回中。
すーっごい素敵な展覧会でした。
北欧の風景というだけでもキラキラして聞こえるのに、絵画表現がとてもドラマチックだったりファンタジーだったりで観ているだけで楽しかったです。
●「ロートレック展 時をつかむ線」
2025年4月6日(日)まで「東京 → 北海道 → 長野」と全国を巡回中。
素描が多めですが有名なカラー作品の展示ももちろんあります。
滑らかでするっと伸びる線一本一本がセンス抜群な感じ…!
100年以上前の作品なのに古さを感じさせないのがロートレックの魅力だなと改めて感じられた展覧会で、とても楽しかったです。
●「カナレットとヴェネツィアの輝き 」
2025年6月22日(日)まで「静岡 → 東京 → 京都 → 山口」と全国を巡回中。
たくさんのヴェネツィアの景色が堪能できました。
カナレットをはじめ画家それぞれが自らのヴェネツィアの思い出を語ってくれているようで、とても穏やかな気持ちなれる展覧会でした。
▼これまでの美術展の感想はこちらにまとまっています。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展や読書記録の X もやっているので、よければ遊びに来ていただけると嬉しいです。
薔薇が咲いていました … ^^
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