東京国立近代美術館の
『あやしい絵展』に行ってきました。
開幕から1か月。
早くも大人気の展覧会になっています。
怖いもの、あやしいもの、奇妙なものに惹かれてしまうのはなぜなのか。
見ごたえ満点の「あやしい」がたっぷり詰まった展覧会でした。
・・・ あやしい
怪しい ・・・
・・・妖しい
奇しい ・・・
『あやしい絵展』 感想
猫が案内する「あやしい」世界
私たち鑑賞者をまず最初に出迎えてくれるのが、こちらの猫ちゃんです。
稲垣仲静《猫》1919(大正8)年頃 星野画廊
展覧会の案内役として、はじめから終わりまで付き添ってくれます。
『あやしい絵展』が単なる美術展ではなくアトラクションのように楽しめたのは、この子のおかげでもあります。
音声ガイドと連動していて、
猫の声を吹き込む声優・平川大輔さんの艶のある声色と合わさり、『あやしい絵展』を世界観強めで紹介してくれる構成です。
壁には気になる歌がたくさんあるのも楽しいところ。
一気にあやしい雰囲気に巻き込まれていきます。
心がゆらげば「あやしい」絵がよく流行る
ひとくちに「あやしい」といっても、
妖怪や異形の類、恨みや怨念など、見た目に分かりやすいあやしさから、他人を惑わせる魅惑的なあやしさなどさまざまです。
この『あやしい絵展』では、幕末から昭和初期の作品が集められています。
武士社会の終わりから外国文化の流入など、社会が大きく変化していった時代。
ひとびとの不安や不満が取り巻く社会では、「あやしい」絵がよく流行るのだそうです。
月岡芳年《和漢百物語 清姫》1865(慶応元)年 町田市立国際版画美術館 前期
たとえばこちらは『和漢百物語』の『清姫』を描いた作品です。
『清姫』は紀州道成寺にまつわる伝説で、愛しの僧に裏切られた清姫が激怒のあまり蛇に変化して道成寺で男を鐘ごと焼き殺すという恐ろしい物語になっています。
木村斯光《清姫》大正末期 笠岡市立竹喬美術館
おなじ『清姫』の主題でも画家によって「あやしさ」の焦点がちがいますね。
禍々しい怒りを前面に出した月岡芳年に比べて、木村斯光バージョンの清姫は見た目はふつうの人間ですが、表情があやしすぎる。
絶対これからなにか事を起こす顔をしています。
文学の「あやしい」女
展示風景
『あやしい絵展』では文学作品と関係のある作品がおおかったように思います。
谷崎潤一郎の小説『刺青』に登場する女の絵では、背中を抱きこむように刻み込まれた巨大な蜘蛛にぞわっとさせられました。
女性の表情が見えないのがまた恐ろしい・・・。
橘小夢『刺青』1923or1934(大正12年or昭和9) 個人蔵
おなじく谷崎潤一郎の小説『人魚の嘆き』の挿絵も印象的でした。
恋に落ちた者を破滅の道へ導いてしまうという人魚。
描いたのは水島爾保布(みずしまにおう)です。
谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』(春陽堂、大正8年)「人魚の嘆き」水島爾保布 口絵、扉絵、挿絵 1919(大正8)年 弥生美術館 前期
白地に黒い線で描かれた絵のタッチは
オーブリー・ビアズリーが描いたオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵に影響を受けたと言われています。
『ステューディオ』創刊号 オリーブ・ヴィンセント・ビアズリー 挿絵「オスカー・ワイルド『サロメ』より『お前の口に口づけしたよ、ヨカナーン』」東京国立近代美術館 前期
しかし、本家ビアズリーは日本の浮世絵から影響受けており、オスカー・ワイルドからは「あまりに日本的すぎる」と言われていました。
西洋からきた「あやしい」女
「人魚姫」もそうですが、今回の『あやしい絵展』のキーワードのひとつとなるのが「ファム・ファタル」だと思います。
フランス語で「宿命の女(運命の女)」を意味する。
ラルース大辞典によると、「恋心を寄せた男を破滅させるために、まるで運命が送り届けたかのような魅力を備えた女」のこと。
「魔性の女」とも言いますね。
イギリスのダンテ・ガブリエル・ロセッティの『マドンナ・ピエトラ』などから日本にもこの「宿命の女」像が伝えられました。
ちなみにピエトラは、自分に恋する者を捕らえて石に閉じ込めてしまうという「ザ・魔性の女」です。
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ『マドンナ・ピエトラ』1874年 郡山市立美術館
『あやしい絵展』では 日本の画家たちだけでなく、こうした日本に大きく影響を与えた西洋の作品と比較できるようになっています。
内面が「あやしい」
明治後半以降、大衆的な美人画が広告などでおおく取り上げられるようになると、それに反抗した画家たちが美人とはまた違った表現をはじめるようになりました。
下は、本展のメイン作品である 甲斐庄楠音(かいのしょう ただおと)の《横櫛》です。
甲斐庄楠音《横櫛》1916(大正5)年頃 京都国立近代美術館
これを紹介するために『あやしい絵展』が構成されたのだとか。
日本画ですが、グラデーションなど西洋の技術が用いられています。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナリザ》と比較 ※本展にはありません
好きな男のために悪事を働く女性の物語がもとになっていて、目元の赤い色がいい味をだしていますね。
角度や微笑は《モナリザ》からインスピレーションを受けています。
島成園《無題》1918(大正7)年 大阪市立美術館 前期
この女性も印象に残りました。
あざのある女の運命と世を呪う気持ちを描いた、島成園(しませいえん)という女性日本画家の作品です。
画家自身にこのようなあざはなかったそうですが、日本画家として成功をおさめた反面、「婿養子募集の自画像」だと揶揄されていたそうです。
なぜ、女性ばかりが「あやしい」の
岡本神草《拳を打てる三人の舞妓の習作》1920(大正9)年 京都国立近代美術館 前期
なぜ、「あやしい絵」には女性がたくさん登場するのでしょうか。
会場内に詳しい解説パネルがありました。
ざっくりいうとこんな感じ。
●文学に登場する人間を超えた女たちを画家が好んだこと
●大衆的で表面的な「美人画」への抵抗
●「エロ・グロ・ナンセンス」の流行
●雑誌を中心としたマスメディアによって新しい女性イメージが大きく共有されたこと
ただし、「当時の美術・文学ともに作家各人の性にも今でいう多様性があったはずであり、より丁寧に考察するには作家毎の事情を踏まえて検討する必要がある」などというただし書きも添えられています。
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ここまでたくさんの作品を載せてきましたが、『あやしい絵展』は展示替えが頻繁なことも特徴です。
東京と大阪で展示作品も変わります。
『少女倶楽部』4巻12号 蕗谷虹児 口絵「夜会の仮装」1926(大正15)年12月 弥生美術館 前期
私が観に行ったのは4月上旬ですが、もうすでにたくさんの作品が入れ替わっているので、これから観に行かれる方はここにはない あやしくエロティックでミステリアスで恐ろしい作品が待っていることと思います。
なんとも楽しいですね。
おまけ - 小村雪岱
今回、はからずも 小村雪岱の挿絵が観られたのがうれしかったです。
小村雪岱 邦枝完二「おせん」挿絵原画 1933(昭和8)年 資生堂アートハウス 東京会場
すらっとした人物画と刷新的な構図がセンス抜群。
線画なのにモダンでおしゃれで・・・かっけーですわ。
小村雪岱《おせん 傘》1937(昭和12)年 資生堂アートハウス 東京会場
三井記念美術館の特別展『小村雪岱スタイル ―江戸の粋から東京モダンへ』に行けなかった私にはうれしい誤算でした。
大阪会場でも別の『おせん』が展示されるみたいです。
ぜひお楽しみに。
『あやしい絵展』 情報
グッズ
グッズの種類がすさまじく豊富で、ちからを入れているのが分かりました。
イラストレーター・漫画家の原田ちあきさんともコラボしています。
ビアズリーやみだれ髪の大判ポストカードもかわいいです!
しおりと、あやしい色の飴も購入しました。
飴は3種類くらいあってこの青いのは巨峰風味。
フルーティーでおいしかったです。
ほかにも、パスケースやマグカップ、メモ帳、Tシャツなどいろいろありました。
グッズ売り場は展示場内のため、お財布をもってお入りください。
混雑・所要時間
会場内はきちんと整備されているので、自由に動き回れるくらい余裕がありました。
写真はそんなに落ち着いて取れませんでしたが、許容範囲です。
所要時間は1時間半~2時間程度です。
日時指定チケットがおすすめ
入場は、オンライン日時指定予約チケットの購入者が優先されます。
すごく人気の展覧会なので、絶対予約していった方がいいです。
私は日曜日の午前に予約して会場入りし、2時間後くらいに鑑賞し終えたのですが、入るときも出る時もこの行列でした。
お気を付けください。
オンラインチケットを買った場合でも、
会場入り口で紙チケットの半券をもらえますから、半券をコレクションしている方も安心です。
美術館の粋なはからいがうれしいです。
音声ガイド
音声ガイドは声優・平川大輔さんです。
解説もさることながら、猫の案内役としてあやしい絵展を紹介してくれます。
絵に隠されたエピソードをたくさん教えてくれるので、とってもおすすめです。
鬼滅ファンにもたまらないでしょうね。
音声ガイドは会場入り口で販売しています。
撮影スポット
一部の作品を除き、ほとんどの展示物が撮影可能です。
人がいないのを見計らっての撮影になるかもしれませんが・・・。
会場出口では、大きな看板を撮影できます。
巡回
東京のあとは大阪へ巡回します。
東京国立近代美術館
2021年3月23日(火)~ 5月16日(日)※4/25から臨時休館
▼ 大阪展
大阪歴史博物館
2021年7月3日(土)~ 8月15日(日)
展示替え
この展覧会は前期と後期に展示画替えがあります。
また、特定の期間だけに展示される作品があったり、東京と大阪でも観られる作品が違うようです。
くわしくは「あやしい絵展 作品リスト」をご確認ください。
後期:4月20日(火)~5月16日(日)
開催情報
展覧会名 | あやしい絵展 |
公式HP | 特設サイト / Twitter |
会場 | ●東京会場 東京国立近代美術館 |
会期 | 2021年3月23日(火)~ 5月16日(日) ☞臨時休業延長のため終了 ☞展示替え多数あり |
チケット | 一般 1,800円(オンライン予約優先) オンライン予約でも会場で半券をもらえるのでぜひご予約ください。 |
音声ガイド | 声優 平川大輔さん 600円(収録約40分)/ 会場入り口すぐ |
所要時間 | 1時間半~2時間 |
混雑 | 賑わっているので事前予約がおすすめ。 |
グッズ | すっごく充実。 売り場は会場内のため財布をもって鑑賞必須。 |
巡回 | ●大阪会場 会場:大阪歴史博物館 公式HP:特設サイト / Twitter 会期:2021年7月3日(土)~ 8月15日(日) |
※お出かけ前に公式サイトをご確認ください
関連情報
本展に登場した、谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』の復刻版が発売されています。
水島爾保布の挿絵ももちろん健在です。
※4/25から臨時休館
東京藝術大学大学美術館では、5月23日(日)まで『渡辺省亭-欧米を魅了した花鳥画-』が開催中です。
一般にあまり知られてこなかったとは思えない超絶綺麗な花鳥画が観られます。▼
※4/25から臨時休館
三菱東京一号館美術館では、5月30日(日)まで『コンスタブル展』が開催中です。
ターナーのライバルとして語られることが多いコンスタブル。
「雲の画家」とも呼ばれるコンスタブルの素朴な風景画に癒されます。
グッズのマグカップがおすすめ。▼
福岡のあと大阪に巡回予定の『ミイラ展』。
ダイレクトに分かりやすく「あやしい」展覧会ですね。▼
恐いけど気になる展覧会では、2年前の『ボルタンスキー展』がそれでした。
お化け屋敷みたいなわくわく感がありましたね。▼
史実そのものが恐ろしいという意味では、『KING&QUEEN展』でした。
1000年以上にわたる王位継承の凄まじい歴史はさすがロイヤルファミリーです。▼
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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