三菱一号館美術館の
「 ヴァロットン- 黒 と白 」展に行ってきました。
ヴァロットンのセンスが炸裂していて、黒と白のモノクロ作品ばかりなのに驚くほどの充足感でした。
洗練された無駄のないデザインのなかにピリッと効いた皮肉やドラマが隠れている、おしゃれで乙な作品が並びます。
絵画好きさんはもちろん、デザインやグラフィックの方面に興味のある方も 絶対に琴線にふれる作品が見つけられると思います。
「ヴァロットン展」 感想
ヴァロットン × 黒と白
ヴァロットンはスイス・ローザンヌ生まれの画家・版画家です。
その人柄は「中肉中背で、一文無しになった時でさえもきちんとした身なりをし、極めてひかえめな印象」だったそうですが、一方で ヴァロットンが生み出す 木版画 は革新的でした。
展覧会のタイトルにある"黒と白"とは、ヴァロットンの木版画からとっていると思われます。
● スイスのローザンヌに生まれ、厳格なプロテスタントの家庭で育つ
● 若干16歳でパリへ移り、アカデミーで学ぶ
● 初期は油彩と版画、その後は雑誌や新聞の挿絵、美術批評など多方面で活動
● 1891年、友人であり師でもある画家シャルル・モランらの手解きで初めて木版画に着手
● 1892年、雑誌の紹介記事や薔薇十字会展に参加したことで注目を集める
● ヴァロットンの木版画はセンセーショナルを巻き起こし、その話題はヨーロッパ中に広がる
● 複製するためではない「芸術としての木版画」復興の立役者の一人となる
ヴァロットンの木版画は、その平面的で白と黒のコントラストが際立った作風によってヨーロッパ中で注目を集めました。
これまで複製するための手段でしかなかった木版画に再び芸術としての価値を取り戻させたのは、ヴァロットンの力が非常に大きかったそうです。
フェリックス・ヴァロットン《にわか雨》1894年 木版 三菱一号館美術館蔵
展覧会では、《にわか雨》という同じタイトルがついた2作品が展示されています。
一方は木版画、もう一方はジンコグラフ(亜鉛版の版画)。
ジンコグラフにみられる「中間色のグレー」や「立体感を持たせる細かな線」が木版画では排除されていて、ヴァロットンの木版画の特徴である「平面的な黒と白」を実感できる展示構成がとっても興味深かったです。
フェリックス・ヴァロットン《にわか雨(息づく街パリ VII)》1894年 ジンコグラフ 三菱一号館美術館蔵
ヴァロットン作品は、後に ムンクやオーブリー・ビアズリー(戯曲『サロメ』の挿絵で有名)にも大きなインスピレーションを与えたのだそうです。
ヴァロットン × ナビ派
フェリックス・ヴァロットン《公園、夕暮れ》1895年 油彩、厚紙 三菱一号館美術館蔵
ヴァロットンがヨーロッパで時の人となる契機となった第1回薔薇十字会展ですが、とりわけ「ナビ派」の間でその評判が高まりました。
「ナビ派」とは、1888年の夏に 画家セリュジエ がゴーガンと出会い、その教えから生まれた絵画グループ。
日本美術から影響をうけた奥行のない装飾的な画面を得意としています。
ヴァロットン展 展示風景
ちなみに"ナビ"とはヘブライ語で「預言者」という意味です。
目に見える景色を心のイメージに合わせて描く独創的な色彩と表現は、当時の若者たちに影響を与えました。
ナビ派の画家たちは、都市とその活気に魅了され、パリの街中で繰り広げられる光景を注意深く観察して絵を描きました。
フェリックス・ヴァロットン《ブタ箱送り(息づく街パリ III)》1893年 ジンコグラフ 三菱一号館美術館蔵
ヴァロットンがこのナビ派に加わったのは1893年のこと。
スイス出身だったヴァロットンは「外国人のナビ」と呼ばれました。
ヴァロットン × パリジェンヌ
ヴァロットンもほかのナビ派の画家たちのようにパリの街や人々を多く描きました。
カフェでの一場面や街頭デモの様子、事故や事件現場などなど。
どれも場面の切り取り方が絶妙。
単純な絵に思えるのに、描かれた人物のしぐさや表情がさまざまで見ていて楽しい作品ばかりです。
フェリックス・ヴァロットン《街頭デモ》1893年 木版 三菱一号館美術館蔵
なかでも惹かれたのは、パリの最先端ファッションに身を包んだパリジェンヌたちを描いた木版画です。
この頃の販売されていた女性たちのドレスはいわゆるオートクチュール。
既製服ではなく購入者のサイズに合わせて特注で作られていました。
そんなドレスと同じように、ヴァロットンの木版画でも 人物一人ひとりが個性的に描かれています。
フェリックス・ヴァロットン《ル・ボン・マルシェ》1893年 木版 三菱一号館美術館蔵
とくに《ル・ボン・マルシェ》の版画は見ごたえがありました。
女性のドレス・男性のスーツ・人ごみから生まれる影はすべて黒でつながっています。
アニメや漫画のように輪郭線で区切られているわけでもないのに ごちゃごちゃして見えないのは、ドレスの模様や服のシワの表現を巧みに操るヴァロットンの技術とセンスをよく表しているように思えます。
フェリックス・ヴァロットン《婦人帽子屋》1894年 木版 三菱一号館美術館蔵
一方で《婦人帽子屋》は、女性のドレスが黒の無地と非常にシンプルです。
しかし、白い画面のなかに ドレスの縦ラインと帽子台の縦ラインが縞模様を描いていて、構図で楽しませるような木版画になっています。
ヴァロットン展 展示風景
ヴァロットンは挿絵画家としても多数の雑誌を手掛けていました。
ヴァロットンの持つ構図のセンスや人物描写は 雑誌の挿絵にはピッタリで、見栄えのする人目を惹く表紙を飾っています。
100年以上たった今でも一切古臭さを感じないところがもの凄いなと思いました。
ヴァロットン × 死のテーマ
もうひとつ、ヴァロットン展で印象に残ったのは「死」をテーマにした作品です。
ナビ派の画家が死を重要な主題とすることは珍しいのですが、ヴァロットンは死にまつわる場面を何度も木版画で表現しました。
闇の黒。喪服の黒。
華やかなパリジェンヌとは対照的でありながらも「黒」を基調とする「死のテーマ」は、ヴァロットンの木版画ととても相性が良かったのかもしれません。
フェリックス・ヴァロットン《難局》1893年 木版 三菱一号館美術館蔵
個人的に気に入ったのは《暗殺》という作品です。
手前のカーテンを除き、画面はほぼ真っ白。
殺人犯だけが黒で表現されています。
フェリックス・ヴァロットン《暗殺》1893年 木版 三菱一号館美術館蔵
犯人の顔も被害者の顔もあえて描かれず
半開きの扉やカーペットの乱れだけで異常な状況がドラマチックに表現されていて、映画のワンシーンを観ているような画面の切り取られ方となっています。
まとめ
撮影可能エリアだけでもこれだけネタがあるヴァロットン展。
このほかにも、男女の愛をテーマにしたセクションもとっても面白かったです。
「ヴァロットン-黒と白」アンティミテ:親密さと裏側の世界セクションの映像展示のワンシーン
ヴァロットン展のポスターになっている《アンティミテ》をはじめ、結婚生活の不和だとかお金の関係を思わせるタイトルが付けられたものなど、ただラブラブしているだけではないドラマチックな作品が並びます。
ヴァロットン展「アンティミテ:親密さと裏側の世界」セクションの映像展示のワンシーン
木版画を動かした映像展示もあって、とても楽しいセクションでした。
ヴァロットンの木版画は、平面で、黒と白だけ。
それだからこそ、構図の巧みさが際立ち想像力が掻き立てられ、見る者それぞれのイメージで作品に色付けをするように鑑賞させられている気がします。
おおげさでなく、全作品に魅了された展覧会でした。
とってもとっても楽しかったです。
※以上の感想は ヴァロットン展図録及び音声ガイドも参考にしています
「ヴァロットン展」 情報
グッズ
「ヴァロットン展」のグッズ!
たくさん買ってきました。
チラシに合わせた黒・白・ベージュで統一されていて、非常に可愛かったです。
グッズ売り場は会場の外にありますので お財布を持たずに鑑賞してOK です。
図録
まずは図録です。
表紙は「ヴァロットン展」のなかでも優れたセンスが遺憾なく発揮された作品、《怠惰》が採用されています。
いろいろな模様が黒と銀の装丁に良く映えますね。
ソフトカバーでめくりやすく、中身の文章もほとんどのページで画像(↑)くらいの文量に抑えられています。
敷居が高くない感じで一般的な図録よりも読みやすいところも気に入っています。
図録は 2,420円税込 です。
ポストカード
ポストカードもとってもかわいいです。
厚みのあるクラフト紙のような紙に、作品情報のアルファベット文字は凹みがあるように印字されています。
種類もたくさんあったので、鑑賞中にお気に入りの作品を見つけたならきっと1枚はポストカードになっていてくれるのではないでしょうか。
ポストカードは1枚 165円税込 です
缶バッジ
次は缶バッジ。
作品の一部をトリミングしたバッジになっています。
三菱一号館美術館のグッズは 株式会社East という会社が制作しているのですが、いつも意外なところを切り取ってくるのでとっても楽しいんですよね。
布張りの缶バッジで、裏面の針も安っぽくないしっかりとした作りになっています。
缶バッジは550円税込 です。
マグネット
マグネットも買ってしまいました。
なかなか使う機会がないんですけど、可愛かったから…。
表面がレジンのような質感になっています。
マグネットは 660円税込 です。
ペインターボールペン(ヴァロットン)
最後にボールペンです。
こちらは今回の「ヴァロットン展」専用グッズではなく、三菱一号館美術館のショップで常時に販売されているアイテムになります。
ボールペンは全部で6種類。
画家に合わせた配色になっているところがとっても推せるアイテムです。
- エドゥアール・マネ(1832-1883) バーガンディー×ブラック
- オディロン・ルドン(1840-1916) ピンク×ディープブルー
- クロード・モネ(1840-1926) ラベンダー×エメラルドグリーン
- オーギュスト・ルノワール(1841-1919) フラミンゴピンク×アイスブルー
- トゥールーズ・ロートレック(1864-1901) モスグリーン×レッド
- フェリックス・ヴァロットン(1865-1925) ブラック×ホワイト
すでに持っているルドンのボールペンと合わせて、三菱一号館美術館のボールペンはこれで2本目になりました。
このままコンプリートできるかな。
ボールペンは 220円税込です。
混雑状況・所要時間
ヴァロットン展 混雑状況
11月中旬の金曜日の夕方に行ってきました。
21時まで開館している曜日でしたが、ゆっくり落ち着いて鑑賞できました。
所要時間は1時半~2時間くらいです。
チケット
私は窓口で購入する当日券を利用しましたが、待ち時間なく入ることができました。
学割等の特別な割引を利用しない場合は、一般チケットなら事前にネットで購入することも可能です。
チケットは、当日・事前に関わらず 一般 1,900円税込 です。
ロッカー
三菱一号館美術館では、1階に数か所 ロッカーがあります。
ロッカーは鍵式で無料。
100円玉は必要です。
写真撮影
「ヴァロットン展」は会場内の一部のセクションで撮影OKでした。
魅力的な作品がたくさん撮影できます。
音声ガイド
「ヴァロットン展」の音声ガイドはアプリダウンロード方式です。
当日はイヤホンを持参してください。
一度購入すれば 配信期間中(2023年1月29日まで)なら何度でも繰り返し視聴が可能です。
"謎の案内人"が猫と一緒にヴァロットンの世界の奥底まで案内してくれます。
音声ガイドは 800円税込 。
ナレーションは 声優・俳優の津田健次郎さんです。
開催概要
展覧会名 | ヴァロットン-黒と白 |
特設サイト | https://mimt.jp/vallotton2/ |
東京展 |
2022年10月29日(土) 〜 2023年1月29日(日) |
混雑状況 | 平日金曜夕方はゆったり観られた |
所要時間 | 1時間半~2時間 |
チケット | 一般 1,900円税込 一般のみ日時指定Webチケットあり |
ロッカー | あり(無料・100円玉必要) |
音声ガイド | アプリで事前ダウンロード(イヤホン持参) ナレーション:津田健次郎さん |
撮影 | 一部エリアで撮影OK |
グッズ | ショップは会場外・豊富な品揃え |
※お出掛け前に美術館公式サイトをご確認ください
※開催地に指定がないものはすべて東京展の情報です
おまけ
展覧会場の細かな装飾がかわいい
ヴァロットン展 「《息づく街パリ》口絵」展示風景
ヴァロットン展は、展示会場内の細かな装飾まで凝っているのでこっそり注目してみてください。
作品に合わせた壁のイラストも良いですし、セクションの数字のところとかも可愛いです。
ヴァロットン展 展示風景
こういう細かな部分までこだわっているところが、美術展とかアート業界が大好きな理由の一つだなと感じます。
丸の内仲通りのイルミネーション
現在は、丸の内仲通りや東京駅前周辺のイルミネーションが綺麗な時期。
ヴァロットン展の開催中は観られるようなので、寒いけれども夜に美術館に行くのも素敵です。
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関連情報
▼ 「ナビ派」関連で個人的に好きな本です。
▼ 2月5日まで、アーディソン美術館で「パリ・オペラ座-芸術の殿堂」が開催。
バレエとオペラと音楽と…芸術の原点ともいえるオペラ座の350年以上の歴史に一度にふれることができます。
常設展示もとっても良かったので、どちらの感想も書きました。
▼ 1月22日まで、東京国立西洋美術館で「ピカソとその時代展」が開催。
ピカソ、パウル・クレーなどキュビズムの画家たちの作品が集結しています。
個人的には2022年でいちばん楽しかった展覧会かもしれません。
2月からは大阪に巡回予定です。
▼ 12月からは大阪で「特別展アリス」が開催。
ご家族、お友達、デートで行っても楽しめる、アリスの世界を満遍なく満喫できる展覧会になっています。
▼ 1月29日まで、愛知県・豊田市美術館にて「ゲルハルト・リヒター展」が開催。
現代の大芸術家リヒターの大回顧展で、見ごたえがものすごい展覧会です。
日本初公開であり、ホロコーストを主題にした《ビルケナウ》はぜひ観ておきたい…!
▼ 2年前に三菱一号館美術館でやっていた「ナビ派」の展覧会も楽しかったな。
▼ Twitterでは、気ままに美術や読書についてつぶやいています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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